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2022年3月

2022年3月22日 (火)

昨年はじめましたYoutube Channel,

 

昨年はじめましたYoutuberとしての道。。。いや違った、

YouTube channel 「鈴木祥子のeachbear’s musicservice」

おかげさまをもちまして、ご登録者さまが500名になりました‼️

本当にありがとうございます❤️❣️

 

ベアフォレスト・レコーズではこれを記念いたしまして

凄く似合わないYoutube Live。。。というものに

挑戦してみようかと思っております‼︎

場所は、この2年間本当に御世話になっておりますビクタースタジオで。。。

その模様を作品にも出来たらいいなァ。この時代、

配信ライブには大きな意味があると思うのだけど、

それだけで終わらずに何かのカタチにしてゆけたら。。。

とも思ったりします。

 

懐かしい曲、ちょっと懐かしい曲、最近の曲、最新の曲、

いろいろ織り交ぜてLiveをお届け出来たら。。。と思っております‼︎

 

レコーディング&ライブの次はYoutube Live(似合わない。。。)

どうか、どうか御期待くださいませネ❣️❤️

 

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4/10にレコーディング&ライブを行う、401Studioのドラムブースで

SONORのドラムセットは凄く自分に合うことを発見いたしました🥁。

そして輝く金色のマイクロフォンはAKGの名機CV12。。。自作の讃美歌に、

自宅でハーモニーを録音していただいているところです🎤✨。

ポップスのコーラスにならないように、聖歌のハーモニーに出来るだけ

近づけるようにアレンジを考えてみました💒。早く聴いていただきたいです❣️

 

 

 

 

 

2022年3月21日 (月)

いつの春にか

 

棚橋さんのことを思い出すとき、

愛のあるひとだったと思います。

音楽への愛、なんてひとことで言うけれど、

それをずっと実践して、態度と行いで示す、って大変なことです。

私の音楽を評価してくださって、

作品を作ると最大限の言葉を寄せてくださいました。

 

私はですネ、鈴木祥子はスウィート・ソウル・シンガーと呼ぶのが

的確だと思うんですヨ、

 

と大真面目に語ってくださった説は、

今作っている新作で、よりハッキリと証明された気がします。

私自身よりも私の本質を見抜いてくれていた、というのでしょうか。

 

私に限らず、そういう音楽への。。。本質的な愛があったから、

棚橋さんは多くのミュージシャンに心から愛され、

尊敬されたのでしょう。私もその一人です。

 

 

そうだ、もうすぐお誕生日ですネ。

デルフォニックスの“La La Means I Love You”と、Laura Nyroと、

Todd Runtgrenを何よりも愛してましたよネ。

La La Meansを私がー度だけカバーした時、

誰よりも喜んでくれましたよネ。

 

どうぞ安らかに、とかRIP、なんて棚橋さんにいちばん似合わない。

だからこう言いたいです。

 

棚橋さん、新しい曲、聴いてください。

 

 

 

 

 

 

2022年3月19日 (土)

今日は(3月18日記。)

 

今日は棚橋和博さんのお別れ会だったのだけど、

私はスタジオがあったので行けなかった。

ごめんなさい、行けなくて良かった、と思ってしまっている自分がいる。

藤本国彦さんに御連絡をいただいていたのに、返信出来なかった。

藤本さんすみません、ごめんなさい。

棚橋さんとお別れ会、なんて似合わないことこの上無く、

私はそんな場所に行きたくなかった。

James Taylorの”Fire And Rain“の歌詞みたいだ、

”But I Always thought That I'd See You Again.“

 

いつだってもう一度会えると思っていたんです。

それが出来ないなんて、まだ実感がないんです。

 

 

 

2022年3月15日 (火)

ビクタースタジオ302Stで。

 

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先日は『鈴木祥子私的讃美歌集1.』の録音でした。

自分としては初めてのフューチャー・ファンクの曲調、

プロデュースと録音をしてくださるのは中山佳敬さん。

チームとしての作業もじょじょにあ・うんの呼吸になってまいりました❗️

 

4つのコードを循環していくなかで、語り手が言いたいことを言う、

この手法は元を正せばやっぱりブルーズ。

そこからファンクソウルフューチャー・ファンクへと

きちんと道筋が辿れる、これが音楽の歴史性というものだナ〜、

と思います。反対にブルーズから先祖帰りをすれば、そこには

ゴスペル、教会音楽がしっかりと根を張っている。。。というわけなのです❗️

 

 

間奏で英語版の旧約聖書『雅歌』第712節〜13節、第8章14節を朗読しているのですが、

私はこの「雅歌」が大好きなのです。ソロモン王の愛の詩は格調高く、

不思議な、神秘的な。。。それでいておおらかな魅力にあふれています。

喩えて言うなら「万葉集」の中の愛の歌の素朴な魅力、

古代の愛のオープンな、純粋な美しさにも通じるところがあるかも知れません。

官能、の在り方が純朴で、混じりけが無いのですネ。

 

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(ハモンド・オルガンやっぱり良い音❤️。。。)

 

思えば現代の愛、とか官能、というものはこの「雅歌」で謳われる世界と

何と遠くかけ離れていることか。。。

何かいろいろなおかしな意味づけが行われていて、

あぁ、これでは愛って何なのか、男と女が共に居る、ってどういうことなのか、

その根源的な意味がわからなくなるわけだ。。。と思うのです。

 

神様の世界では愛は神聖で、闇も影も罪もそこに近づくことは出来ません。

サタンがどんなに引き離そうと画策し邪魔をしても、

主に結びつけられた愛は壊れません。時とともに薄れる、こともありません。

 

クリスチャンの使命とはその違いについてハッキリと言葉に出来ること、

それを人に伝えられること。

そんな強い思いを込めて曲を、音を作る、言葉を書く。。。っていうことを

してゆきたいし、してゆくべきじゃ無いか??などと思ったりします。

 

そう、いまクリスチャンの(私の、ですネ‼️)いちばん大きな課題は

「愛をいかに語るか。」

分断が進み争いが起きる世の中で、人と人が神様の愛で結びつくこと、

支えあい、許しあい、学びあうこと。

その神聖さについて語れること。。。証しをすることが何よりも重要になってくる、

のかも知れません。

 

クリスチャンとしてまだ全然実力不足な私ですが💦。。。

神様がその方法を、道をきっと教えてくださるでしょう。

そのためにもっとお祈りをして、その中で解ったこと、学んだことを

これからもお伝えしてゆけたらナ。。。と思うのです。

 

『鈴木祥子私的讃美歌集1.』もうすぐ出来上がりますので、

どうか御期待くださいませネ❣️❤️

 

 

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(401Stで作業中の曽我淳一さんがチラッ、と遊びにいらしてくださいました‼️

久しぶりにお会いできて嬉しかったー❗️)

 


 

2022年3月 9日 (水)

戦う国の人を、テレビが映し出す夜に。

 

先日、お祈りの途中で涙が出てくるくらい感動してしまいました。

突然なのですが、

 

慈悲

 

っていう言葉があります。この意味って御存知でしたか??。。。

 

恥ずかしいのですが、私はそれをこの年まで実感したことがありませんでした。

もちろん意味はわかります。

 

神よ、どうかお慈悲を、どういうお祈りは映画や小説などでもよく耳に目にしますし、

GOD,Have Mercy.っていうフレーズは古今東西、あらゆる音楽の

リリックのなかに登場します。

 

思いやり、優しさ、慈しみの心、慈愛。。。ジョージ・ハリスンの

慈愛の輝き、っていうアルバムがあったなァ、なんて。。。

 

 

そんなふうに漠然と感じることは出来ても、自分自身がその言葉から

あまりに遠過ぎることばかりが強く感じられて、

マザー・テレサかナイチンゲールじゃあるまいし、

そんな愛で人を愛することが出来るなんて、一体どんな修行をすればいいのか、

自分には一生無理じゃないのか?。。。

などと思っていました。

 

 

でも先日、明け方にお祈りをしていた時、

人の悲しみ、というものは自分の悲しみでは無いけれど、

自分の悲しみというものがあるからこそ、

人の悲しみを感じることが出来る、と思ったのです。

 

 

幼稚園児か小学生みたい、と笑わないでください()‼︎

言葉にすれば当たり前のこと。だけどよくこんなことを言います。

 

 

「この世にはあまりに多くの悲しみがある。

神はなぜ、そのように世の中を造られたのか?

神が本当に人間を愛しているならば、

なぜ我々に悲しみを与えられるのか?」

 

 

それは、人の悲しみをわかるようにするためです。

人の悲しみを自分の悲しみのように感じ、想う心を育てるためです。

それをたぶん、といいます。

だから神様の愛は慈悲であり、

人間の悲しみを御自分のことのように悲しみ、慈しむからこそ、

私たちに愛の心を育てなさい、と仰るのです。

 

 

愛の道を行きなさい。

主は少し前に私にそんな御言葉をくださいました。

愛は万能だからです。

愛に出来ないことはなにも無いからです。

神様が人間の悲しみを御自分のことのように悲しみ、

その悲しみを慈しむように、

 

「人の悲しみを自分のことのように悲しみ、

慈しみなさい。」

 

 

神様は私たちに悲しみをお与えになりますが、

それは愛の心を教えるためです。

私たちが忍耐強く学び、愛の心をもったなら、

この世は愛の世界になります。

 

 

神様が人間に悲しみを与えられるのは、

そのことを人間に教え、育て、導きたいから。

そんな愛で愛してくださる神様を誰よりもなによりも愛し、

神様が人間を愛する、その愛で

私たちがお互いを愛することが出来るようになるため、なんです❤️❣️

 

 

 

 

 

棚橋和博さんが亡くなられたことを知りました。

 

 

デビュー以来御世話になった新潟の名インタビュー誌・castの編集長でいらした

棚橋和博さんが亡くなられたことを知りました。

棚橋さんはローラ・ニーロと私を並べて評してくださった恩人です。

長身で、ユーモアに溢れ、お酒が苦手で、大きな愛情をもって音楽を語る方でした。

また棚橋さんと音楽の話がしたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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