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2020年3月

2020年3月31日 (火)

自分が無い(笑)。2。

 


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これ、どちらも「私」じゃ無い、といえば全然私じゃありません。私は言われるがまま着せられ、化粧され、撮られていただけ。

音楽いがいのことに関してまったく自分、というものがありませんでした。

 

そう言えば昔から、幼稚園の頃くらいから自分の実存、というか、そういうものが希薄だったナーと思います。寝るときに「死ぬ、ってどういうことだろう」とか、「自分、って何でここにいるんだろう」とか考えて恐くなったりしていました(笑)。

 

この1990年に撮られた写真は、そういう“自分が無い”ところが良く出ている、と思ったのです。

しかしもの凄く自分、を出さなきゃならない「音楽」をやってるところが矛盾です。今までの人生で何かに悩んだとしたらその一点に尽きる、と思うくらいで、それをビジネスのようにコンスタントにやり続ける、「廻してゆく」なんて地獄、そのものです。いや〜大変だったネこの頃は。。。

 

 

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1990年代といえばメンヘラー、とかリスカ、という、今まで身近になかった言葉が台頭した時代でもありました。よく言われた自己の存在の不全感、飢餓感、みたいなものに悩んだのはひと世代、ふた世代下の人たちだと思います。自分の世代は主に不全感、飢餓感というものを自分では無く他者との関係、ハッキリ言えば男性との関係に見出してしまった世代だと思います。だからこそ少子化、にもおおいに貢献(?。。。)することとなってしまいました。

 

つまり自分のやってることにおいて何らかのプライド、自信というものを持ってしまった女性は、男性とうまくやってゆくことが難しい。これはもう後から聖書を読んでおおいに納得し反省したことでもあります。

 

あればある程不幸なもの、って女性にとって3つあると思っていて、それは

プライド

自信

承認欲求

 

です。そんなものは生きるのに邪魔なだけ、全く要らないのです。世に言われている“自分に自信を持つことが大事!”とかいう言説って、何かがズレている、と感じるのです。誤解を招く言いかたかも知れませんが。。。

大事なのはただやみくもな“自信”じゃ無くて

自分が大きな存在に護られている、という深い安心感

じゃ無いでしょうか。

 

それは間違っても

 

自分というものを持たず、自分の考えを捨てて男性に服従する」

 

ってことじゃ無くて。。。それとこれとは全然別‼️天と地ほども違います。

 

。。。この違いを説明するのがまことに至難の技だからこそ、聖書がますます重要になってくるのですネ!聖書は男性()に、

 

あなたのを、自分を愛するように愛しなさい。

 

と言っていますから、女性を大事にしない、ってことはある意味、神様への反逆なのですネ。

 

(この記事のような↓ことが起こってくるのも、この世界の構造という構造が聖書の真逆、になるように構築されているからだ。。。

という恐い事実を、まさに“聖書を読むことで”識ってしまったのでした。)

 

https://courrier.jp/news/archives/195448/?ate_cookie=1585644815

逃られない、連絡できない─女性団体も警告

外出禁止令のフランスで急増するDVー政府が対策を発表

 

 

妻は夫を敬いなさい、男は女の頭(かしら)であり、

男の頭はキリストであり、キリストの頭は御父(ヤハウェ様)だからである。

 

とも教えています。御父はアダムからエヴァを造ったのだから、女の頭(かしら)は永遠に男、

なのです。

 

そして神様にとっての人間は男も女も、どちらも「女」にあたります。

国も「おとめ」です。世界も月も星も太陽も人間も、総ては神様が創造されたものだから、

これは不可逆的、普遍的な真理です。神の前にすべての人は平等、って多分このことで、

フェミニズムやマスキュリニズムとは関係がありません。

 

神様の世界は、すべて順理と秩序によって美しく統制されていて、

矛盾とか混沌、影、闇、罪といったものは、その世界と相容れません。

 

その世界に生きよう、と決心するのが

信仰

なのだナ〜。。。と思うのです。偉大な、自分を超えた巨きな愛にSurrenderすること

というのか。。。

そこには飢餓感も、不全感も、承認欲求もありません。

そんなものは全然、まったく必要無いのです。

 

そして、何かが幸せで満ち足りています

逃避じゃ無く現実は視えていて、なお希望が消えない。絶えない。

その何かって何だろう?と思うと

 

神様の愛

 

としか言いようが無いのです。祈って聖霊を受けることの無い人生を、

私はもう生きることが無いし生きることが出来ない、と確信しています。

 

(聖霊を受けるって何⁉️と思われた方は、こちら↓もお読みいただけたら幸いです😊。)

http://eachandeveryday.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-0fa8ce.html

 

http://eachandeveryday.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-e93f43.html

 

残りの人生でいかに成長し、勉強し、豊かに与え、愛することが出来るか。。。

ザッツ・クリスチャンズ・ウェイ・オブ・ライフ❗️なのです💒。

こんな時節に不謹慎、と顰蹙されるかも知れないのだけど、

 

音楽はその大きな助けとなってくれる、と心から信じているのです。

 

人々の不安を煽ろうとして来る情報に負けないようにしましょう❣️

うち、山と川しか無いところだしテレビ無いしスマートフォン、携帯電話不所持なので、

こういう時不便か、と言うと逆に助かっています。不安になる情報があまり入ってこないので。。。

でも都心部はそうでは無いと思います。いつもの通り、とはなかなか行かなくても

好きなものに触れて楽しいことを考えて(私はお祈りして聖書を読んで)、

ともに乗り切ってゆきましょう❗️

4月(もしくは5月?)のLI've&workshopの配信もどうか、楽しみにしていてくださいネ。

楽しんでいただける内容になるよう頑張ります❤️。

 

 

(あらら?自分が無い。。。って話がいつの間にかmini・ミニストリーになってしまいました!)

 

 

(ここで語られている神様、及びキリスト教は旧約聖書・新約聖書の教義に基づいた

ものであり、いかなる宗教団体・キリスト教系新興宗教とも関係がありません。)

 

 

 

 

 

 

2020年3月29日 (日)

自分が無い(笑)。


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いや〜昔の写真って本当に面白いですネ!この、あからさまな路線変更。。。右は「ステイションワゴン」のシングル、

左は「風の扉」のアルバム、たぶん3か月も空いてないのにテーマが、概念が豹変してるんですが。。。

 

。。。何でこれが

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これになるのか謎‼️

 

。。。何かあの頃はまったく気づかなかった

を感じます(笑)。

 

 

 

2020年3月26日 (木)

嬉しいお便りをいただきました❣️

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鈴木祥子LI've&workshop act;1「独りシンポジウム&ライブ〜アルバム『風の扉』を考える。

を御覧くださったよしのりさんから、とても嬉しいお便りをいただきました!

 

鈴木祥子様

動画拝見しました。すごく良かったです。twitterもやっていなくて、近々ライブなど直接お会いする機会もないと思われるのでメールで感想を書きます。
先に、後半のミニミニソングライティングワークショップ。
テーマから祥子さんの頭に浮かんだピース、みなさんからいただいたアイデアから触発されてできたフレーズだったり、イメージさせるものだったり、

 

 

 

 

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それを、まずベースに「さくらさくら」があって散りゆく花びらを連想させる旋律だったり、それらから曲ができていく瞬間を再現していただいて、
本当に、「やっべー、すっげー。(稚拙な感想すみません)」と実感するとともに


このアーティスト(音楽家)の内なる能に10代のあの時点で気づいた俺もすげー。

とちょっと自賛までしてしまうひとときでした。

憧れをうたった曲想だといいな、と事前にお送りしたのですが、自分でも、採用されなくても、たとえ祥子さんにお見せしなくても今の自分の力で歌詞を書いてみようと思い、実際作詞に挑戦してみました。

 

 

 

 

 

4a765ab5658d41a99616413641a8e5b0 なんとなく、僕が作ろうとしたのも春の風を感じやっとあなたに会える時が来た、という気持ちを歌った詩なんですが、どうしても説明調になってしまい、あのときあなたがかけてくれた言葉「……(ここでは書きませんが)」とか見守ってくれていたとか、より具体的な言葉ばかりになってしまいました。

「途切れてしまった手紙のように」
「レコードの針が飛ばないように」
「荒れ野の原にも滴るメロディ」

素敵なフレーズが続けて3つ。ぼんやりとしかわからない。
でもとても大切にしていた、大事にしていたことだけは鈍感な僕でもわかる。
サビというのかな?の、「~の」が何度も続く3度目、4度目くらいで「おや?」と思う。

 

かなた、と、あなた、に焦がれていた思いと、メロディーが気持ちを音楽に乗せて歌って、最高の時が訪れる気がします。

桜が散るというのは、ことばとしては良くないのかもしれないけど、そのころやっとあなたに逢える。

 

弥生もあと10日もないですが、桜の木のそばを通りながらこの歌を口ずさみます。
うれしい。しあわせな気持ちでいっぱいです。

(中略)

ともかくすごく良かったです。ありがとうございました。


この予測できなかった事態をこんなにすばらしいものに変えてくださったガラボ・えりみさんにも感謝いたします。


よしのり

ーとても丁寧に、きめ細やかに観て、聴いてくださって本当にありがとうございます😊❣️❣️

 

メールをブログに載せても良いでしょうか?とお訊ねしたら


「よく聴くと、7回目(ではないんだけど)のかなたの時はまだ花びらの舞い散る旋律なんですね。

仕上がった作品から部分的にスポットを当てディテールを解説されるよりも
その前段階から、こうしたらいいと思ってこうする、というのが見えていくさまがとてもいいです。

もちろんご覧になっていると思います、

映画「AMADEUS」での
ヴォルフガングがサリエリ作曲のフレーズから「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を
生み出すシーンに重ねてしまいます!

このことをどこかのタイミングで祥子さんに伝えたかったのでちょうど良かったです。

それにしても
「とぎれてしまった手紙のように」からの部分、
言葉、ひと文字ひと文字を音の階段にのせていける日本語って本当にいいですよね。

ブログ楽しみにします。」

と、何とも嬉しい御返事をいただきました。言葉、ひと文字、ひと文字を音の階段にのせてゆける。。。

という表現にハッ、としました。あの部分、私も、階段を登って降りるみたいだナ。。。と思っていたのです。

 

AMADEUS』のその場面、よく覚えています。

アマデさんがまったくの無自覚、無意識に自らの天才をこれでもか‼️と披歴してしまい、

サリエリの内にアマデさんへの決定的な憎悪と嫉妬が生まれてゆく場面。。。でしたよネ。

アマデさんの純粋さや無邪気さがやがて自分を追いつめる罠、になってゆくのが痛々しくも圧巻で、

史実と違う創作もたくさんありつつなお、アマデさんの本質をーー天才とはいったい誰なのか、何なのか。

人間に、というより

神に対しての問いかけ

をその根底に感じる、音楽も衣装も演出も脚本も。。全てが素晴らしい映画だったですよネ。

そうだ、初めてViennaに行ってもう1年になります。憶い出しでも胸がキュ〜ン❤️となるくらい、

アマデさんの永く暮らした土地で、住んでいた場所、結婚式をした場所、そして街外れの

ザンクト・マルクスのお墓に行って。。。すべてが胸に刻まれるような経験、特に日曜の午前に、

桜の舞い散る墓地で、誰も居ない、青空と桜とアマデさんと私しか居ない、

あのひとときのことは絶対に忘れられません。

だから本当にとんでもないことだけれど、アマデさんを想い出した。。。と言っていただけて

凄く光栄で幸せを感じました。よしのりさん、どうもありがとうございます‼️

歌詞のアイデアをくださったK・HさんとK・Kさん御夫妻に、

I・Kさんに感謝いたします❣️早く録音してお聴かせしたいです。

 

えりさんと早くも次の企画を考えておりますヨ!

どうかどうか、御期待くださいませね。

 

鈴木祥子L I've&workshop act;1

「独りシンポジウム&ライブ〜アルバム『風の扉』を考える。」

❤️GET FULL MOVIE(84min.)NOW!!

https://movies.galabox.net/products/detail/3

 

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2020年3月24日 (火)

本日から有料動画配信がスタート致しました❤️。

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本日から有料動画配信がスタート致しました!

既にとてもとても嬉しい御感想をいただいております、観て&聴いてくださって本当にありがとうございます😊❤️❣️

えりさまも私もアァ良かった。。。と胸を撫でおろしたり、ヤル気💪になったりしております。

ぜひ感じたことや御意見、こんな企画どう?とかこんなライブが観たい!など、

どんなことでも結構ですのでgalaboxさまもしくは私までお寄せくださいませ。

最近、語る言葉、話し言葉、ヴァーバルな表現っていうものが、何かマニュアル通りになって来ているのでは。。。と感じるのですよネ、

言いたいことって実は凄くたくさんあるじゃ無いですか、でも、

何となく自己規制がかかるって言うか、客観的になり過ぎ自粛し過ぎて、自由に言葉を発するっていうことが出来にくくなってるのじゃ無いか?と。。。

「表現の自由」というのが「何でもアリ」ってこととごっちゃにされているところに、

多分モンダイの核心?があるのでしょうネ。それもあって毎日聖書を読みたくなる私なのです。

嘘の情報、真実と嘘を混ぜて私たちを混乱させようとする悪意を避けるために。

あれ?何だっけ?そうだ御感想や御意見、御要望、どうか何でもお気軽にお寄せくださいませネ。

心からお待ちしております❣️❣️

(こちらの電車はのんびりしていて危機感が募らない。。。マスクはガーゼハンカチとゴムひもで手作りして所持しております。

外出のときはどうかどうか、お気をつけくださいませネ。

私も気をつけます!)

 

 

”To look at the painting on the wall from the outside.“

 

AP: When you hear old Journey music, what memories come to mind?

Perry: Well, I have a bit of a total recall memory bank that can haunt the living (expletive) out of me, (laughs) unfortunately. And it does spark a lot of memories — some not so good, some great. … It’s been really nice to be able to hear that music from the outside looking in ’cause forever, I was only on the inside looking at what it was to make it, how we did it, how we put it together, and the struggles to get it to where it was and where it’s been all these years. They’re like paintings on the wall, ya know, but now it’s able for me to finally, to look at the painting on the wall from the outside.

 

そっか〜。。。そうなんだな。。。そっか〜。。。。

 

と、それしか言えない私。JOURNEYの名はもう彼にとって壁にかかった絵でしか無い。

だから譲渡、したんですね。その中に居ることは考えられず、そこに在る総てを手放したかった。。。

http://eachandeveryday.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-18bc41.html?-

 

http://eachandeveryday.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-1b40b2.html

 

インタビューの中で“JOURNEY”という言葉を発して無い、一度も。

That music"

と言っている。

”Our“でも”My“でも無く

“That music”...

“あの音楽”。

。。。当然だな、と思う自分と、

あなたこそがJOURNEYなのに、

あなたがJOURNEYで他には無いのに、

と想う自分の間で解決がつかない(笑&涙)。今もまだつかない。

悲しい。いや、それは適切な言葉じゃない。淋しい。それも違う。

虚しい。いや、そうじゃない。悔しい、のでも無い。悪いけどその全部。

「それが何だったか、内からすべてを知っているからこそ、

どんなふうに成されたのか、成されて来たのか、

どんなふうにもがいて、どうやり遂げて来たのかを解っているからこそ、」

今はついにそれを外から、壁にかかった絵みたいに眺められるようになったんだ。

そう彼はいう。。。

総てを知っているからこそ、そこから立ち去った。。。

。。。あたしの青春返して‼️(笑)、いや、そういうことじゃないんだよ。。。

強いていうなら

The End Of The Innocence,

ってことになるのでしょうか。自分の新しいInnocenceって何なのか、

探す旅の始まり、

The Beginning Of The New JOURNEY,

なのかもしれません。

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STEVE様1979年〜1980年のルックス・髪型最強伝説Inマイセルフ。

私の中の永遠。永遠とは。。。あなたの別の名だ❣️❣️

 

https://www.youtube.com/watch?v=BP4LPBaavzs

(敢えて貼っておこう、この動画を。辛くて30秒と観ていられない。

でも貼っておく。こんな狂ったことが許されるなら、

世界がそこまで狂っているなら、

そこで生きるためには自分も狂わねばならないのなら、

私はそれを拒否する。

ほかの場所を探すだろう。)

 

何故よりによって、本当。。。によりにもよって一番愛していた、

その中で生きていた、文字通り青春がその音楽とともに在った、その音楽無しには「私」は無かった、

くらいに大好きな人とバンドがこのような、

利権の世界の最前線、ともいえる音楽産業の世界で起きたあらゆる利権争いの中でも、

およそ聞いたことも見たことも無いような最悪の交代劇や裁判劇や利権譲渡劇に

巻き込まれなければならなかったのか。

ただただ残念とも悔しいとも悲しいとも苦しいとも言い難い。

STEVE様の復活劇までは凄く希望をもっていた。世界が善の方向に向かい始めた、

とさえ。。。いや、今もそれは真実だと思っている。

ただその闘いは想像したよりも熾烈、そのものだ。

復活、resurrection...キリストの復活と、そのあとの2000年を経て、

黙示録の、revelationの時代が来た/来ている。。。

その後の顛末と、発覚した事実は私に何を教えようとしているのだろう。

 

(主観的過ぎてお前の日記に書いとけ!と言われそうなことばかりで

ごめんなさい、ちょっともう、全部書いて、誰かに無理矢理見せる、くらいしか

心を回復させる方法が思いつきませんでした。音楽って凄いですね、

他人事みたいですけど、ここまで自分の奥深くに浸透して影響を与える

ものなんですね。何故“宗教”と“音楽”がある意味で一体であるのか、

変な言いかたですけど、自分の過剰な反応から判然とする、浮き彫りになってるヨ、と思いました。

 

私、クリスチャンになって、音楽を第一にしてはいけない、

ということを識ったのですネ。第一は神様であり、神様に捧げるために

音楽があるのだ、と。価値の大転換が起きました。

その大転換した価値観からすると、音楽はやり方によっては

大きな罪になり得る。神様のかわりに“人”や“音楽”を崇めたら、

それはまごうかたなき偶像崇拝=Idolatryです。

神様に捧げるのでは無く人に心を捧げたら、それは二心(ふたごころ)=Double-mindednessの罪です。

クリスチャニティ的?に言うなら、私は両方の罪を犯していた。。。ということになります。

それは駄目なことだよ、と神様に裁かれ、また教えられているのだ、と

思いました。心の苦しみを信仰的に解決、することが出来ました。

別の言葉で言ったら救われる、ということ。To Get Saved,です。

“私が追いかけて来たものって何だったの、幻だったの?。。。”

という問いの答えはそういうことだったのでした。

音楽との関わりかたも、やりかたも、

これから変わってゆくことだろう、と思います。

しかし変わらないところはま〜ったく変わらない、というか変わりようが無いだろう、と思いますので(笑)、

こんな私ですがどうかおつき合いいただけたら。。。と思うのであります。

The  Beginning Of The New JOURNEY,と昨日、

思いつきで書きましたが、本当にそうなんだナ。。という気がしています。

 

 

 

 

 

 

2020年3月21日 (土)

“And after all...Tomorrow is another day.”

 

http://amass.jp/131979/

。。。しかしこの出来事は、私の中に手つかずに保たれていた何か、を破壊するにじゅうぶんの馬鹿馬鹿しさと低脳さだった。

長年のバンドメイトに1000万ドル要求するその神経も凄いが、STEVE PERRY様の真意が見えなさ過ぎる。

 

排他的、独占的、取消不能の契約でJOURNEYの名前と商標をショーンとケインに譲渡していた、なんて世界中の数多のファンにとって初耳だろう。寝耳に水、と言ってもいい新事実である。

 

何故かというと。。。JOURNEYとはSTEVE PERRYでありSTEVE PERRYの声だからである!

1978年以降にJOURNEYのファンとなった全員が同じ想いだろう。

その当の本人が取消不能、なんて高圧的な契約書にサインした、させられたのだとしたら、これは人権侵害、人権蹂躙、といってもいいようなことだ。「契約書」には双方の協議や話し合いの余地を残す条項が必ず盛り込まれている。それが無い、ってどういうことなのか。

 

業界に入りたての20代ならいざ知らず、1998年はもうメンバー全員百戦錬磨の、50にも手が届こうかという頃。。。

 

2017年の公の場での和解はどう考えても不自然だ。何故和解するのか。何故認めるのか。

そんな契約の存在を知らなかったからこそ、私は彼の姿に号泣したのだ。すべてを乗り越えて、歌に、音楽に戻って来てくれた。。。そう思ったから。

しかしその契約が既に20年前になされていたのだとすると話は違ってくる。だって生涯許さないでしょ普通。もしくは最初からそんな契約をする、筈が無い。和解の動機が不自然過ぎる。意図的な演出、を感じる。

 

ソロアルバムでの復帰のため、納得ずくの手打ちだったとしても、

双方の利害が、一方では一致し過ぎ、もう片方ではズレ過ぎていて違和感を禁じ得ない。

 

うん。最早真意も経緯もどうでも良い。

 

なにこれ利害と利権と、お金の匂いしかしないじゃん

 

。。。だったらもう伝説で良かった。永遠に美しい音楽と想い出だけを残し、戻って来てくれない方が良かった。

私は彼らの音楽をずっとずっと愛していられたことだろう。

 

「私の中に手つかずに保たれていた何か」。。その何かとは夢、憧れ、みたいなもの、自分の足元にたしかに在る、と信じていた地盤のようなものだった。その地盤の上で私は自分の音楽をやりたかったしやっていたし、やれると信じていた。

 

。。。最初からそんなものは無かったのだ。無いものをある、と思い込んで/思い込まされていただけだった。

 

永遠の名作『風と共に去りぬ』のラスト近くで、

私は。。。今まで幻を追いかけてたのね。。。」

と愕然とするスカーレット・オハラの?気分。

 

しかし何かがめちゃめちゃ腑に落ちたときの、青空のように(あ、今日は3/21だ❣️)せいせいした、

迷い無く完全に心を決めた時の、

悲しいけれどどこか清々しい、手前勝手にドラマチックな。。。あの名台詞の気分でもある。

 

And after all...tomorrow is another day!

 

もう純粋に彼らの音楽を“愛する”ことは出来ない。全てがこの結末に繋がっている、と解ってしまった今は、

それがどんなにか素晴らしい、自分の人生や青春のかけがえの無い一部であり継けた音楽だとしても。

。。。それで良いや、と思えるくらい、私はいつの間にか成長していた。そのことが少しだけ嬉しい。

けれど、とても苦い。

いつか。。。いつかすべてを忘れて、またあの青春に、

戻る時が来るだろうか。

ミシュス、きみはどこにいるのだろう。

チェーホフの小説の最後の一行を何故か憶い出した。

『中二階のある家』。たしかそういう小説だった。

 

 

 

 

 

 

2020年3月20日 (金)

青春の墓標。

 

http://amass.jp/131979/

何という醜い争い。。。本当に信じられない。

10代の頃憧れてた音楽、って何だったんだ、と心から思わされるJOURNEYの利権争い。

洋楽が大好きになって、ラジオで聴いたJOURNEYに夢中になって

レコードを買ってコンサートに行って。。。

そんな自分が阿呆だった、と、1000年の恋も醒め果てる思い。何という茶番劇。

そうだったのか、Steve様はそんな契約書にサインさせられたのか。

だから数々のimitatorsが自分そっくりに歌っても、

ジャーニーを名乗って好き放題やっても沈黙を守っていたわけか。

じゃああの、わざとらしい和解の手打ちは何だったのか。。。

いくらソロアルバムが出ると言っても不自然じゃないか?

私は今のヴォーカルと笑顔でツーショットなんか撮って欲しく無かった。

撮ったとしても公開して欲しく無かった。ああいう和解?を、

ファンが喜ぶと思ったんだろうか。

(事情を知らない方すみません、もうファン目線のみで書いております)

 

何よりも救いの無いことは、

それでもあの頃の彼らの音楽は素晴らしい、と感じられること。

音楽は美しい、でも人間は醜い。

こんな人たちがやってる音楽が好きだったなんて恥ずかしい。。。

と御願いだから思わせないで欲しい、欲しかった。

 

ああ、私はJOURNEYが好きだった、愛していた、日本のオフィシャル・ファンクラブの会員番号324番だった。

まさに青春の墓標、墓碑銘。。。と呼ぶに相応しくて笑ってしまう。

 

しかし!

今の私には、それがどういうことだったのか解る。

同じひとつの敵が存在する限り、地球上どこの国でも同じようなことが起きている。

 

そんな歪んだ価値観が崩壊する時が来る。

女よ、嘆くのはやめよ。

美しいものをすべて醜くしてしまう邪悪な力よりも、

神様の力は強いのだ。Oh,God of almighty‼️

こういう時は詩篇を読むに限るのだ〜。

 

暗黒の中を行く疫病も、

真昼に襲う病魔も、

あなたの傍らに一千の人、

あなたの右に一万の人が倒れるときすら、

あなたを襲うことはない。」

 

”Nor of the pestilence that walks in the darkness,

Nor of the destruction that lays waste at noonday,

A thousand may fall at your side,

And ten thousand at your right hand,

But it shall not come near you.“

 

(詩篇第916節〜7/Psalm91:67)

 

あ〜、詩篇は元気出る!そして涙も出る。。。

時がある。

 

 

 

 

 

2020年3月12日 (木)

しょうこのベアフォレスト・mini・ミニストリー❤️💒〜「祈って聖霊を受ける」こと:2。

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一昨日とってもうれしいお便り、じゃなかった、コメントをいただきました💕

 

「ー祥子さんの聖書の話は楽しいですね。

一月の京都のライブで興味を持って、聖書を少しだけ調べてみましたが、

ガチの話は自分には難しくて、うーん、、、

という感じでしたが、祥子さんの話は理解ができます。

このような話題は嫌がる人も多いでしょうけれど、自分としてはとても興味深いです。


どこまでもついていきたいです。」

 

西晴さん、どうもありがとうございます❣️ウレシイ、なんか勇気が出て来ました‼️

 

(こんな時節ではありますが、折が良くても悪くても伝道しなさい、と聖書にも書いてあるので

やっぱり書こう、と思いました。)

 

そうなのですヨ、

私が比較的聖書にスッと入ってゆけたのは、子供の頃日曜学校に通ってたから、

幾分かその世界に“馴染み”があったからなんですネ。

でもいきなり読むのはムズカシイです。旧約聖書の最初の方は全〜然進まなくて、

1日3〜5ページ読めたら上出来、という感じでした。

 

だって、

6000年前とか2000年前の神様の話なんて非日常もいいところで、

何かのお伽話か空想話??

って思っちゃいます。当時のイスラエルの習慣も、律法を破った、とか

安息日を汚した、とかの専門用語?もよくわからない。よ〜く出てくる異邦人、ってワードも

ハ🤩?なんのこと?😅久保田早紀さんの異邦人」なら知ってるけど??

という感じ。。。(旧約聖書の神様=ヤハウェ様はユダヤ教の、イスラエルの神様なので、

イスラエルの民いがいは皆んな”異邦人“なんです。

それを

 

『全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。』

〜“Go into all the world and preach the gospel to every creature."

【マルコによる福音書16章15節/Mark 16:15】

。。。と仰ったのがヤハウェ様が遣わされたひとり子・イエス様で、

ペテロを初めとするイエス様の12弟子たち、

そして大使徒と呼ばれるパウロが命の危険も顧みず熱情的に伝道した結果が

現在の「キリスト教」と呼ばれるもの、新約聖書にはその経緯の総てが書かれてあるのですネ。

だからイエス・キリストが「キリスト教」という宗教を作った。。。というのとは

ちょっと違うのです。)

 

それがある瞬間にあ、これ、現代のことだ、自分のことだ、

6000年前も2000年前も現代も、人間というのは同じことをしているんだ、

そんな人間をずっと護って、導いて、愛してくれている神様が、

本当に居るんだ。。。

思った瞬間涙が出て来て、読みながらもう号泣、になって。。。

今思い出しても不思議な体験、不思議な瞬間でした。

。。。って前置きが長くてスミマセン❗️

 

西晴さんのとっても嬉しいお言葉に勇気を得て(調子に乗って??)

本日から

しょうこのベアフォレスト・mini・ミニストリー💒❤️

に改名してみました。ちょと本格的⁉️それでは。。。

祈って聖書を受ける」こと。:2に突入してみたいと思います❣️

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そうなのです!罪を少しずつ悔い改めたら、
自覚して、後悔して、
もうしません、決してそんなふうになりません、
とお祈りして想いを、行いを改めるなら、
自分を新しくするなら、
神様は聖霊をたくさん降り注いでくださいます。
つまり神様御自身の強力な、パワフルな、
聖なるエネルギーを惜しみ無く分かち与えて、
いつのまにか心に巣食ってしまった影や闇を、罪を少しずつ
溶かしてゆくように追い出して、
本来あなたが持って生まれた状態に、純粋なきれいなエネルギー=霊、
の状態に戻してくださいます。
「あなたが祈れば、すべてが可能。」って、そういうことなのです。
そうしているうちに自分の心の状態によって、
霊の状態をモニター出来るようになります。
モヤモヤしたり嫌な気持ちになっているのならどこかに罪がある、
やらなくても良いことをしそうになっているとか、やっているとか、
とにかく本来のあなたでは無い状態になっているよ=
神様に喜ばれないことをしているよ、というサインです。
それに気づいたら急いで「悔いて」、「改めて」、お祈りをすることで、
日々自分のエネルギーをきれいに、ただしい状態に保ってゆくことができます。
その段階まで来たらもう、不安や不満をもつとか、
失望や絶望をする、未来に恐れや恐怖をもつ、自己嫌悪や自己否定をする、
。。。ってこととはまっったく無縁、になります。
何かいつも静かな、だけど巨きな希望で
心が満たされている。。。
そんな状態になります。
これが「祈って聖霊を受ける」こと
キリスト教の最も重要な、巨きな恵みなのです。
知らなかったでしょ〜❣️☺️(←得意満面。。。自分だって全。。っ然知らなかったクセに(呆)。。。)
聖書にはハッキリと書いてあります、
ーある人には”霊“によって知恵の言葉、
ある人には同じ”霊“によって知識の言葉が与えられ、
ある人にはその同じ”霊“によって信仰、
ある人にはこの唯一の”霊“によって病気をいやす力、
ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、
〜(中略)〜
これらすべてのことは同じ唯一の”霊“の働きであって、”霊“は望むままに、
それを一人一人に分け与えてくださいます。」
(コリントの信徒への手紙1:第12章8節〜11節)
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強いてポジティブ・シンキングの方向に自分を持っていく。。。ということとは
まったく違います!私もクリスチャンとなる以前、そんなふうに前向きに
考えるようにしていた」こともありました。が。。。
「祈って聖霊を受ける」こと。〜完結編に続く❣️

2020年3月11日 (水)

3/1は洋楽カバー・アルバムの録音でした!



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何て良い音!2018年の安野希世乃さんのレコーディングでエンジニア・中山佳敬さんの音に魅了されたスズキ、

迷わず中山さんに録音を御願いいたしました!

今回の洋楽弾き語りカバー・アルバム、選曲や歌も勿論なのですが、

いかにピアノのタッチを綺麗にするか、がテーマでした。

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ピアノはレガート奏法、と呼ばれる弾きかたをしなければ美しく鳴りません。上から力を加えたら

鳴りや響きが死んでしまう。日本のピアノ教育はレガート奏法を幼少時から教えないのが非常に問題だ、と中村紘子さんが御著書に書かれていて、そうか〜、なるほどなァ。。。ととても感銘を受けました。

その意味でも美しいタッチと鳴り、がぜひ必要だったし挑戦したかったのです。

もう、エンジニアは中山さんしか考えられませんでした!

ビクター・スタジオ気鋭のエンジニア・チームと一緒に❣️

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なんて言うか良い音、って主観的なものですが同時に普遍的なものでもあると思います。

この日の録音を通じて、音において純粋でありたい、という想いがますます強くなりました。

ミュージシャンの仕事は良い音を出すこと、作ること。私にとって「人の仕事に触発されること」は

何にも替えがたい歓びなのだ。。。ということも再認識してしまいました。

そんな意識をあらためて目覚めさせてくれた中山さん始め、強力なエンジニア・チームの

意識の高さとクオリティに、心から感動した1日でした。

素敵な(生々しい!)映像を撮ってくださった吉野さん、えりさん、ゴッドマザー・真紀子さま、

とってもとっても有り難い差し入れを持って遊びにいらしてくださった山口悟先生、

おつきあいくださったことを心から感謝いたします❣️

まだミックスや編集の作業がありますがすっごく楽しみです❤️。私の殆どの部分はそれによって出来ている。。。と言える、

1971年から1981年までの洋楽の超❗️メジャー曲を集めてみました。

‘70年代の洋楽をリアルタイムで聴かれていた方も、

そうじゃない新しい世代の方にもきっと楽んでいただけるようなものに致しますので、

どうかどうか、楽しみにされていてくださいませネ❣️❣️

(Photo by Eri&me.)

2020年3月 8日 (日)

久しぶりのベアフォレスト伝道タ〜イム💒❗️〜「祈って聖霊を受ける」こと。

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祈って聖霊を受ける。。。って言われても、どういうことなのかわからないですよネ!
私も何のことかま〜ったく解りませんでした。
何かの心霊現象??霊の仕業?!オカルト??
イーエ、そうではありません。聖霊。。。それは読んで字のごとく、
聖なる神様のエネルギー
です!
人間は霊と、肉と、魂(こん)で出来ていて、
魂は所謂英語のソウル、と言われる精神や心。
肉、は文字どおりの身体、肉体。そして、
霊はその人の、根本的な根源的な命、あなたをあなたという人たらしめている
純粋なエネルギーです。
でもこの世に暮らしていろいろな経験をするうちに、その美しさは曇ってきてしまう。
影が出来、闇の部分が出来てしまう。
すっごく身に覚えがあります。どうしてかというと人間は生きているだけで
を重ねてしまうからです。
以前の記事にもチラッ、と書いたのですが、警察のご厄介になるような犯罪行為だけが罪、
ではなく、神様の厭われること、嫌われること、禁じられること、総て罪になります。
行うのは勿論、心の中で犯しても同じ罪!にカウントされちゃいます。
キ、キビシイ。。。😭😂😭
でも、
その厳しさは愛であり、優しさなんです。
少しでも罪があったら本当の幸せを、歓びを、
本来のその人が受けるべき祝福を受け取ることが出来なくなる。
その人の持っている光を輝かせることが、生かし切ることが出来なくなる。
神様と愛し合うことが出来なくなる。。。
だからこそ厳しく厳しく諌められるのです。
思わず抱いてしまうネガティブな感情や想念、不安や不満、恐れ、自慢や高慢も、
人間を御自分の姿に似せて、たくさんの愛を込めて造られた神様の意図に
反してしまうから罪です。
今流行りの?芸能界の不倫騒動とか、S内J聴さんの不倫推奨?発言とか、
聖書的にはとんでもない行為です❗️
結婚は神様が結び合わされた神聖な契約、人間に与えられた巨きな祝福であり恵みだからです。
どんなに罪を重ねたとしても、神様は目にみえないので誰も見てない、と思ってしまう。。。
実は自分だけが知ってること、なんて何も無いのです。
隠されたことでやがて表されないものは無い、
とイエス様が聖書のなかで言われているとおりなのです。
クリスチャニティ、というものが時に過激なのはこの、罪の概念の厳格さ、によるのだと
思います。
右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ、
汝の敵を愛し、
迫害する者のために祈れ。
という有名な聖句から、クリスチャニティのテーマは自己犠牲や献身である、
と思えるのですが一方で
ーーもし、右の目があなたをつまづかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。
体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。
もし右の手があなたをつまづかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。
体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。』
(マタイによる福音書:第5章29節〜31節)
姦淫を固く禁じるイエス様の御言葉です。愛や慈しみとともにこんな厳しさと、激しさをも併せ持たれているのが神様であり、
神様の御言葉なのですね。
私はこれを、イエス様の巧みな喩え話であると解釈しています。本当に目をえぐったり
腕を切り落としなさい、と言っているのでは無く、
そのくらいの強い決意と覚悟で罪を悔い改めなさい、と仰っていると思うのです。
地獄に投げ込まれる、地獄に落ちる、というのは、
罪を犯して聖霊を受けられなくなった状態の比喩である、と思います。
人間はそれでは決して幸せにはなれない、
不幸の中で彷徨うだけなのだ。それこそが地獄なのだ。
だからそこから出て来なさい。私がその方法を教えよう。
そうイエス様は仰っておられるのではないか。。。と思うのです。
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〜「祈って聖霊を受ける」こと:2、に続く❣️❤️。〜

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