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2019年3月 5日 (火)

Cranberriesのドロレスが

Cranberriesのヴォーカルのドロレスが亡くなっていたことを、
Prodigyのヴォーカルの人の訃報といっしょに知ってショックを受けています。
少し前にCranberriesの『Zombie』がある場所でかかっていて、
あ、Cranberriesだ懐かしい!と思うとともに、
いわゆるオルタナ・ムーヴメントが世界的に巻き起こっていたころのことを
思い出していました。時代でいうと1990年代中盤~後半くらいでしょうか。
ドロレスはそんなムーヴメント?の中でも異色の存在で、
なんといっても声が強力でした。久しぶりに街の喧騒のなかで聴いても
その声の衝撃度は薄れていなかった、どころか、
この人の声のなかにはそれについて歌っていなくても
フェミニズムの思想がある、
なんだろうこの感じは?と思ったのです。
『Zombie』はIRAに抗議した歌、アイルランドの紛争で犠牲になった子供たちに
捧げた歌だと聞いたので、フェミニズムについて歌われたものではありません。
しかしその声の強さ、何か世の中の大きな流れ、に決して屈しない抵抗感。。。
これは同時代のほかの女性ヴォーカリストには無いものでした。
そこに私はフェミニズム、を感じたのかもしれません。
それが最近のことだったので、昨年既に亡くなられていたことを
知って驚くとともに、あのZombieで聴かせた強烈なメッセージを
近年聴くことがなくなっていた、それはオルタナティヴ・ブームが
過去のものになったこと、あるいは彼女自身の生き方と関係があったのか?
そう深く考えさせられてしまうのです。
P・S
そうだ、彼女のルックスにもその思想は表れていたような
気がします。殆ど坊主頭、に近いくらいのショートヘア、
デニムにTシャツに皮ジャン(今でいう“ライダース・ジャケット”ですネ、
んまっ、お洒落な呼び方。皮ジャンでいいじゃん!)。。。という
出で立ちで、この人は所謂女らしさ、フェミニンさが嫌いなんだろうな、と、
20年前もそう思ってました。バンドの紅一点という立場はどうしても
セックス・アピールを求められるでしょうから、
あえて抵抗しているようにも見えました。
でもねえ、どっちでも良かったんじゃないかと思うのです、
どう思われたとしても構わないだけの強さがその声にはあったのに、と。

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