« 大変申し訳ありません! | トップページ | ワーナー時代の3作品。 »

2018年3月15日 (木)

1990年秋のインタビュー。

「ー歌を歌い始めたのは、デビューしてから。音楽がすごく好きだったから、

音楽ができること自体がうれしくて、歌うということには見事に自覚がなかったかもしれない。

歌は私のものではなく、誰か他人のものだった。『風の扉』のレコーディングが終わる頃から

漠然と<歌っていうのは自分にとって>とか考え始めて、考えながらやったのが

Lomglongwayhome


『Long long way home』 。それまでは手探りで、一大事業みたいな気がしてました。

ーでも最初のライブは、なんだかうまくいったんですよね、代官山のヒルサイドテラス

だったんですけど、周りのかたに初めてと思えない!とか言われて。それはたぶん、

逃げて帰りたいマイナスのパワーがいい方向に向いたんでしょうね。

何も見えず考えず、一生懸命やったのがよかったんだと思います。でもその後

一回ダメだ。。。と落ち込んで、いろいろ考えましたけど、今はちょっとずつ

ステージでも気持ちfが開放されてきてるのがわかります。普段はいろんなことを

気にしてても、歌ってるときだけはそれが何にもなくなっちゃう。



ーービリー・ホリデイの自伝に『ーここにひとつの歌があるとして、何を考えて歌いだすの

だろう。考える必要はない、ただ感じ取ればいい。感じたままを率直に歌えば、Hourglass_3

聴く人は必ず何かを感じるのだ。』って書いてあったの。これだ、と思った。

やっぱり今まで自分がやってきたもの、どれ一つ欠けても、違うみたいなんですよ。

(歌ものの)音楽ではやっぱり<歌>が一番どーんと華やかな場所に位置しているし、

みんな耳を傾けるのは歌なんだから、歌い手みたいな感じで歌に重心を置くのが

いいのかなと思った時期もあるけど、曲を作って歌って演奏して初めて自分、に

なる気がする。だから次は、やりたいことをやりまくったアルバムにしたい。とかって、

なんだか能動的な気持ちになっている私(笑)。。。」

ーー1990年、『Long long way home』を出したすぐあと、くらいの

インタビューです。当時25歳。さいごのほうでやりたいことをやりまくった

アルバムにしたい、と言っているのはだから『hourglass』。

この中でも代官山ヒルサイドテラスでのライブに触れていますが、

28年経っているのに言ってることがあんまし変わってない(笑)!

Lady_in_satin


ビリー・ホリデイをいちばん最初に聴いたのは19歳のとき、

『LADY IN SATIN』でした。いちばん重い、暗いとされるアルバム。。。

年上の方がカセット・テープをくれて教えてくれたのでした。

主にジャズ、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズやMoaninエロール・ガーナー、Eroll_garner

そうそう、エルヴィン・ジョーンズを観に連れて行ってもらったのは

六本木のPITINNでした。オマー・ハキムのリーダー・バンドも観に行きました、

凄かったナー!やっぱり19のとき。我ながら音楽運強し、です(ナ~ンチャッテ)。Elvinjones

文中にも登場するヒルサイドプラザ(ヒルサイドテラス内)での30周年記念ライブ、

とてもとても楽しみです。しかし楽しみ過ぎて気を抜かず、緊張感をたもちつつ、

最高のライブに出来るよう頑張ります!!

« 大変申し訳ありません! | トップページ | ワーナー時代の3作品。 »

鈴木祥子」カテゴリの記事

最近のトラックバック

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ