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2018年1月

2018年1月19日 (金)

強く思うこと。

音楽日誌、というタイトルなので主に日常ではなく音楽のことを書いていて、

あまり時事のこと?は書かないようにしているのですが。。。

小室哲哉さんの音楽とその仕事は、手がけられたアーティストの歌唱とともに、

リズム・ビートというものの身体性を時代に刻んだ、という意味で非常に

重要なものだと思います。たとえば1990年代のグランジ・ブームというものが

ある世代に重要な影響を残したとすれば、それはカート・コバーンの「悲劇」ではなく、

その優れたソングライターとしての功績でもってまず語られるべきだと個人的に

強く思うのとまったく同じ意味で。

その時流行った、ブームになった、社会現象になった、ということは

「音楽」そのものにとっては深い意味をもたないと思います。永く残ってゆくものは

ただその「本質」だけだと思うのです。

夏にバンドでheading west♪な予感が。。。

すご~く久しぶりにバンドで西のほうにゆけそうな予感がしてまいりました。。。

30周年の東京でのコンサートと一緒にお知らせ出来るかと思いますので、

どうかいましばらくお待ちくださいませ!♪And We're heading west~,♪(←すっかりその気。)

2018年1月16日 (火)

言語以前の場所で。

笙野頼子『未闘病記ー膠原病、「混合性結合組織病」の』を読む。

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私の名「祥子」は本当は「笙子」になる筈だったので(昭和40年の時点では当用漢字に無かったらしい)、何だか勝手な親近感?を感じてしまう。

笙野頼子の文章を読んでいると自分が「生きていること」がわかる、よ。生きる根本の何か動機のようなもの、理由とかそういうことではない、もっと原始的で言語以前のなにか、それを純化=purifyしてくれる。

文学というものが人間に及ぼす作用の中で、というか、してくれることの中で最も。。。 凄いことなんじゃなかろうか、それって?一人の人間が生きている/生きてゆく動機を純化すること。言語というものの力で、言語以前の場所で。

京都拾得でのライブが決まりました!

『まだ30周年の女は~鈴木祥子ソロライブin京都拾得』

於:京都拾得

日時:2018年3月4日

開場:17:30

開演;18:30

¥5500(+1drink)

12/21午前0時から

Photo
京都拾得

jittoku@hotmail.co.jp

にて予約受付いたします。

2017109日に京都拾得で行われた『帰ってきたabsolutely alone in京都拾得』、

御好評につきはやばやとアンコール。201834日に決まりました。

 

おかえりー!という呼びかけがあんなにうれしかったことはありません。京都に住んでいた24か月は人生の中の不思議な貴重な時間、

いま私は東京(のはずれ)に居るけれど、故郷が無いようでちゃんとある、ほんとうの故郷よりも故郷。そんな気持ちでもういちど京都に「帰りたい」と思います。

来年はデビュー30周年の年、平成も30年ときくとあ~、昭和に生まれ平成と共に歩んだ私。。。と感慨深いものが(笑)あります。何せいつも

いつでも時代と合ってない、派手派手バブル期のデビューだったものですから暗い、地味、と言われつづけてハッ!と気づけば30年。。。私個人は「暗くて」「地味な」音楽を作ったつもりはなく、そのつもりがない、ってところがまさしく時代と合ってない。

 

ん~でも時代って何ですかね?今生きてるこのいまが「時代」なんだとすれば、皆まごうかたなき「時代」を生きてるわけで。。。むしろ時代に左右されない、いつ聴いても「いま」であるものを作りたいと思ってきたし今もそう思ってやまない私ではあるのです。

 

おお何かライブのお知らせが「語り」モードに。。。どうか34日京都拾得でお目にかかれることを。共に時間を過ごせることを。共に歌えることを心から、心から希ってやまないのであります!

 

マゾビアに行きたいっ。

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30周年記念ライブのお知らせをもうすぐ出来そうな予感。。。今少しお待ちくださいませね!(以下近況であります。)

『英雄ポロネーズ』を弾いててなんか楽しくて仕方無く、ミスタッチしてもガハハと笑ってよし、次行こう!みたいになってきた。以前はミスタッチを恐れて戦々恐々としながら弾いていたもんだったが。。。


デビュー30周年も感慨があるけれど、『英雄』を普通に弾いてる自分、が本当~に感慨深い(なんで14の時はザセツしてしまったんだろう?まぁ地道なクラシックの練習よりロックやポップに夢中になってしまったんだな要するに。。)。しかもポロネーズのリズムというものは。。。だの、


ポーランド=母国の誇りそのものの古い舞曲のリズムにショパン様が込めた想いとは、だの、


いや~フランスのピアニストの『英雄』はみんな綺麗だけどナンカもの足らない、綺麗に粋に弾きすぎててつまんない、それに日本の人はまるでベエトオヴェン(←表記は森茉莉先生の真似)の曲かのように勇猛果敢な『英雄』、にしてしまっている場合が多くてそれもちょっと違う気がする、



フランスとポーランド、父の国と母の国に引き裂かれたショパン様の、母なる大地への想いと2度とそこに戻ることが出来ないという矛盾、その激しい揺らぎはスラヴ系、あるいはヨーロッパ圏ではないラテン系のピアニストじゃないと表現出来ないのかもしれない、やっぱアルゲリッチの『英雄』やポーランドのウィトールド・マルクジンスキーの『英雄』が何といっても上手いと思う、


皆ラン・ランの悪口言うけどあの人の『英雄』はその「揺れ」を表現し得ていると思う、アジア系でありながらヨーロッパで生まれた音楽を演奏するという矛盾が、政情不安定なポーランドを追われてフランスに亡命したショパン様の精神の「揺れ」と響きあうのかもしれない、


とすると、民族と民族の血に、大地と大地に、国と国とに引き裂かれた経験の無い日本人がポロネーズやマズルカを「真に表現する」のは不可能、とは言えないまでも非常に、非常。。に難しいのではなかろうか?



優美なワルツやノクターン、パリの「サロン受け」を狙って書いた作品を皆んな(私も)好むけど、そのせいかショパン様、と言えばあま~く少女趣味、みたいなイメージさえあるけど、あれは所謂フランス語を喋る「表ショパン様」であって、


祖国のポーランド語を話すショパン様の真骨頂、であるところのポロネーズやマズルカ、民族に根差したリズムの、あの熱情と憂鬱の激しい揺れを、日本人は、私はどんなふうに表現すればいいのか?。。。


だのと、専門家が聞いたら吹き出しかねないようなゴタクを並べているのだから我ながらびっくりする。しかし幾分かは当たっていなくもないような気がするのである、そして私はポーランドのマゾビア地方(ショパン様の故郷、ワルシャワ中東部)に行きたくて、その空気を風土を感じたくて仕方が無いのである。

2018年1月 9日 (火)

「俵星玄蕃」とセダカの「ポップ」。

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「おお、蕎麦屋かーッ!!」

お正月にテレビで三波春夫先生(面識あるワケ無いのにど~しても《先生》と呼びたくなってしまう人がいる、小林秀雄とか森茉莉とか堀文子とか)の『元禄名槍譜・俵星玄蕃』を初めてフルコーラス聴いて凄過ぎて圧倒された。あの身体がカーッ、となってドキドキしてくる感じ。。。まるでロックンロールじゃないか!と思った。


要は「声」と「リズム」なのだ、この興奮の震源地は。。。浪曲師から出発して「浪曲」と「歌謡」を結び付けてしまった、ということで言えば廣澤寅造よりある意味凄い。伝統文化とあらたな文化を接続させた、声とリズムという原始的/構造的な力で。


浪曲のなかでも歌謡の世界でも「迎合、異端」と言われることを恐れない、ところがまさにロックンロールだと私は思う。三波春夫先生のことを考えているとニール・セダカが浮かんで来て仕方無い。

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非常に知的なソングライターにして、あの押し出しの強い華やかなヴォーカル。ジャズのコード進行をベースに'60年代のポップスにとって決定的な「アルドン転調」のスタイルを作り上げた豊かな学術性は「オールディーズ」の「歌手」、という名に隠れてともすれば見えなくなりそうだ。

そうそう、フィル・スペクターの評伝にも「ニール・セダカの健全で退屈な青春ポップス」みたいな描写があってがっかりしてしまう。アルドン・ミュージック時代の曲はどれもメロディックでリズミック、そして夢見るようにスウィート。後追い世代の私にとっては退屈どころか「ポップ」ってこういうことか!!と目を見張らされるような発見のある曲ばかりだ(この評伝じたいはすごく興味深い本であるが)。


ニール・セダカのどうにもこうにも華のあり過ぎる声と歌唱力は三波春夫先生のそれとダブる。世間に広く流布された「流行歌手」という仮面の向こうの、きわめて上質な知性と音楽性も。

あけましておめでとうございます!!

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。。。というごあいさつがちょと遅く感じるあきる野ニューイヤー、

スズキ@30周年を本年も、どうぞよろしくおねがいいたします!!

昨年末、パイドパイパー・ハウスにごあいさつ&お買い物をしにゆき、

長門さんがタワー・レコード最上階で開催されていたジョン・レノン展に誘ってくださいました。

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ジョン・レノンって思想家ですよね、もちろん大スターで、ミュージシャンでもあるけど

その枠を超えてしまったというか。。。

存在としてはキング牧師とか、そういう方に近いんじゃないでしょうか。

そしてヨーコという人に出逢えてよかった、ほかの誰でもなくこの人だった。

いつも思うけれどあらためてそう感じました。

長門さん、どうもありがとうございました。

今年もどうぞよろしくおねがいいたします!

昨年のクリスマス・アルバム、大変御好評をいただき喜んでおります!

お聴きくださってほんとうにありがとうございました。さ~て今年は
どんなアイテムをお届けしようかとワクワクしております、が。そこに待つのは。。。

妥協はゆるされない大瀧さんのカバー&10年ぶりのオリジナルアルバム。。。

エルヴィスのGOD GIVE ME A MOUNTAINを歌いたくなるハードルの高さ!!

あれらしいですね、婚活とかでも(いきなりでスミマセン)、

年齢を経るごとに、現実に目覚めるどころか寧ろ理想は高くなる一方。。。

らしいですネ。大丈夫か?自分。。。オー、ゴッドギブミーマウンテン。。。

いや、今までもそんな自問自答は何度もあった気がする。でも

乗り越え(たのか?)乗り越え(られるのか??)やってきたではないか。。。と自分を励ます。いや楽しいしワクワクしてるんですけどね、いつも恐いんですよネ、

ライブも毎回そう。でも高~い山を設定しないと萌えない。。。いや燃えないのも

私のサガなのでがんばります、いやでも考え過ぎず行こうと思います、

全体を考えちゃうとウワ~無理。。。ってなるので、まず。。。1曲1曲の音像をかんがえるところから!

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実はもう音像はわかっている、弦楽5重奏。ヴィオラが1本多い5重奏。軽やかさじゃなく重さを出したいのです。なんの曲かってまだひみつです!

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