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2016年7月 6日 (水)

あまいものと御本。

2日の日に甘いものをたくさんいただいて、全部美味しくてもう完食してしまいました。早過ぎ!

好きなもの、美味しいものを選んでくださった気持ちがさらに美味しく感じさせてくれたのかも、何かこういうことって相乗効果!なんですネ。(体重も増加するかも(笑)。。。でも最近ばたばたしていたのでちょうどよいのです。)


いただいたご本、酒井順子さんの『字を書く女』完読しました。凄く面白かった!
酒井さんのエッセイを読むのは『ユーミンの罪』(←これも面白い!)いらい2年ぶりかもしれない。
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「書」の世界の先生が仰ることも「音」の師が言うこともまったく同じ。


「いにしえの人の筆跡を真似て書くのが大事なのは観賞の目を養うため、という理由があるんですよ。とかく書道では『手』すなわち「書く」技術だけになりがちですが、歴史の中の名品を見ることによって『手』を高めるとともに『目』も高めて行くことが大切です。手と目は、連動しているのです。目を上げなければ、手は上がっていかない。」


本当に、本当にその通り過ぎる!「見る」を「聴く」に、『目』を『耳』に変えたらそのまま音楽のことを言っているみたい。音楽も演るだけ、練習するだけでは駄目で、その五倍から十倍「歴史の中の名品」を聴かなければ向上していかない。そのことに活動を止めている時に気がついた。




「私、作り手よりリスナーとしてエクセレントかも?!」とも思った。歴史の中の名品だもの、聴いていて楽しくないわけが無い。


あぁ、音楽活動って作ることとか考えること、つまり「やる」ことばっかりだったと思った。そりゃそうだ、「やる」時間が多ければ「聴く」時間が削られるのは当たり前。



しかし書の先生が仰るように、『耳』が上がれば『手』が上がる、「先人を追い求めるのではなく先人の追い求めたものを追い求める」、「『やる』ではなく『やらない』という場所から考えてみる」ってこととまったく同じ。



面白いなぁ!大切なことって実はひとつなんだ、何も間違ってないヨとをもらったようでとても嬉しかったのです。

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