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2016年5月30日 (月)

分母の確認。

 

W・A・モーツァルト『ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331(トルコ行進曲付き)』冒頭のテーマから『トルコ行進曲』まで通して弾いて感無量。(*^ー^*)

55歳までに弾けたら恩の字♪なんて思っていたのに50のうちに完走出来た。上手い人から見れば珍しくも何ともないことなんだけれど、

 

一度クラシックをあきらめた過去があるだけに、自分のピアノ演奏にはずっと自信が無いような気がしていた。しかし昔取った杵柄じゃないけれど、やはり私の音楽のルーツと呼べるものがあるとしたらそれはポップやロックというよりクラシックなんだと思った(もうひとつは教会で歌った「こども讃美歌」)。

物理的にソルフェージュを教わったから歌が歌えるので、最初から誰かの歌に憧れたり「歌手になりたい!」と思ったわけじゃない。音程を取ってすぐに声に出すことの(ソルフェージュ的な)面白さが自分にとっての「歌」で、それは「歌手」的なものとちょっと(だいぶ)ズレテル。そんな洗練され社会化されたものじゃない。うすうす解っていたのだけど、こんなふうに言語化出来なかった。

 

いちばん最初の動機は心の深いところにいつも在る。世間や他人の言うこととは関係の無い自分だけの動機が。「幸せ」のカギってたぶんそこに在る。逆にそれを間違うと似て非なるものを手にしたり似て非なるものを追いかけ(させられ)る、ことになってしまう。

そしてわかったこと、これが「分母の確認」なんだ。人間は定期的にそれをやるべきなんだ、過去とのつながり、過去の大きな堆積のうえに立っているという確信が現在を作り、人を未来につなげてくれる。人が作り人が演奏するものである限り音楽も人と同じなんだ。

「音楽活動」を一切やめないとそれが身体でわからなかった。何かの力が止めさせてくれた、としか思えない。

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