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2016年2月19日 (金)

しょうこのリスニング・ダイアリー。

マーラー

『交響曲第9番~大地の歌』

まず最初に「ン?!」と違和感を覚えてしまった。何だか構えが大仰で、このくらいのことをこ~~の~~ぐらいに(わかりづらくてスミマセン)盛ってるような感じがしちゃう。第一楽章の途中で止めたくなったけどガマンして最後まで聴いた。

名作・傑作とされている音楽を聴いてナニも感じないと、ひょっとして自分の感性が枯れてるのか?私って間違ってる?と何回か聴いてみるのだけど「好きとか嫌いに間違ってるも正しいも無いんだナ~」結局はそこに落ち着く。なんで・どこが好きじゃないのか、を言葉にしてみるのは案外大事かもわからない。

器楽的完成度は恐らくもの凄く高いんだろう。レナード・バーンスタイン指揮/ウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ、所謂「歴史的名演」だ。


確かに音色はこのうえなく美しく、表現はシャープでモダン極まりない。バーンスタインは名匠・ブルーノ・ワルターの代役としてニューヨーク・フィルハーモニックを指揮したのが25歳の時、一夜にして大成功を治めたんだって(聞きかじりでスミマセン!Uさん有り難うございます!)。


師弟関係とはちょっと違うけれど、独特の切迫感とスピード感は「ブルーノ・ワルターにそっくりだなァ」なんて生意気なことを考えた。ブルーノ・ワルターがマーラーの唯一の親友だったってことにも驚いた(私の中で最強のモーツァルト『レクイエム』はブルーノ・ワルター指揮・ニューヨーク・フィルハーモニックの『レクイエム』なのです。


カール・ベーム指揮/ウィーン・フィルも凄いけど、ブルーノ・ワルター/ニューヨーク・フィルの演奏の、重厚な低音感とシャープさが共存してるとこがスキ!)。


マーラーはとても変わった人で「人間関係に極めて円滑を欠き、その作品は悪意を持って迎えられた」という意味のことが書いてあるけどそうなのか。。。今でいう「コミュ障」気味な人だったのかもしれない。あまりにもあまりにも現代人らしい。


恐らく自意識が肥大し過ぎて、音楽がその影に隠れちゃったんだナ。っていうかこの人の音楽って「歌」が無い。そうだ、そこが好きじゃないんだ。


いや歌はあるんですよ、全編立派な「歌唱」が。。。でも「歌」が無い、何だか禅問答みたいだけれど。。。


奥さんも作曲家であったのに「君の作品は僕の作品だと考えてくれ」とワケのわからないことを言って筆を折らせた、というのも非常に気に食わない(大好きな方がいらしたら本当にゴメンナサイ、許して!でもホラ音楽って趣味のものだから、趣味趣味音楽だから。。。)


マーラーさん、先日聴いたブルックナーさんと自分は全く相性が合わない、ということがわかった。おふたりは師弟関係だっただけに非常に似たものを感じる。「自意識」の音楽というのか、「男性原理」の音楽と言うのか。。。一言でクラシック好き!って言ってもいろいろ幅があるもんだなァ。


私はバッハ師匠とヴォルフガング・アマデさんがとにかく大好き。「自意識」という概念がそもそも無く「音楽」だけが溢れだす。古典派ばんざい\(^-^)/。

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