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2015年11月 3日 (火)

小林秀雄先生に訊いてみる2。

「--彼の自意識の最重要部が音で出来ていたことを思い出そう。彼の精神の自由自在な運動は、いかなる場合でも、音という自然の材質の紆余曲折した隠秘な必然性を辿る事によって保証されていた。この様な自由を、所謂自由思想家の頭脳に棲んでいる自由と取違えまい。彼等の自由には棲みつく家がない。モオツァルトにとって自由とは、そういう少しばかり芥子を利かせた趣味ではなかったし、まして、自由の名の下に身を守らねばならね様な、更に言えば、自分自身と争ってまで、頭上にかかげねばならね様な、代償を求めて止まぬ、自由の仮面ではなかった。」


自由の仮面って言えばあの、父親の手紙に「お前にはこれだけお金使った、これだけ苦労をさせられた」ってことが度々書いてあってホント恩着せがましいんですけど、「神がザルツブルクに生まれさせ給うた奇跡」って言葉だけは絶妙!その通り過ぎて父、わかってるじゃ~んと一瞬思うんだけど。。。よくよく読んだら「奇跡のような才能だから早く大成功を治めて左ウチワでラクさせて欲しい!」って言ってるのがミエミエ。



自分の野心の為に勝手に連れ廻しといて、演奏旅行でお前の為にこれだけ借金したとか恩を返せとか超・高圧的に押し付けてくる、今で言う毒親ですね。代償求めまくり。愛情の仮面。



まったく何も解ってない、逆ですよね。この人(アマデさん)には自我ってものが無い、思考も全然無い。この世で自分を守ってくれるものみーんなお母さんのお腹に置いて来てしまった。『レクイエム』の序曲にソプラノのソロがあるでしょ?あれ、お母さんの声ですよね。自身が手紙に書いているようにーー「ーお母さんはわれわれにとって永久に失われたのではない、今にまたお逢いすることになる、この世にいる時よりもっと楽しく、もっと幸福に、一緒にいることになるーー」(パリ、1778年7月9日)



「ーー彼は、作曲の完成まで生きていられなかった。作曲は弟子のジュッスマイヤアが完成した。だが、確実に彼の手になる最初の部分を聞いた人には、音楽が音楽に訣別する異様な辛い音を聞き分けるであろう。それが壊滅して行くモオツァルトの肉体を模倣している様をまざまざと見るであろう。」


ーー人にそこまで感じさせるってどういう事なのかって思うんです。存在全部が音、意識と無意識のすべてが音楽で出来ている。。。そんな人じゃないとこんなものは作れないし、そんな人だからこそこんなものを書けたんだけど、そんな人が生きてることじたいが無謀だった。変な言いかただけど35年と10か月もよく生きていてくれた。。。って思わずにいられない。

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