« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

2015年8月25日 (火)

バッハの

BWV.727をチェンバロで練習している。ピアノのことは一回忘れないとダメだ。ピアノの前身とは言っても全く別物であることがよくわかる。


この曲はオルガンで演奏する為に書かれたオルガン・コラールなのだから、それが頭にないといけない。でもチェンバロにはピアノのようなサスティン・ペダルが無いし、オルガンのように音が伸びない。ペダル・チェンバロ(。。。というものがあることを先日初めて知りました!)みたいなペダルなんて無い。


だとしたら低音部が歌っていることがやっぱり一番大事かもしれない。低音部の歌を途切れさせないこと、それさえ守れば何とかなるかもしれない、と思った。


難しいナァ。でも頑張ろう!

誕生日に暖かいメッセージ、本当に有り難うございました。人生50年。。。と申しますが、想像していたよりワクワクするものなんだなァと思います。ドサクサまぎれに書いちゃいますが、今、過去の著作権の問題等をクリアにしつつある最中です。現在も多かれ少なかれそういう面はありますが、私のデビュー時はアーティストの権利、著作者の権利というものが曖昧な部分があったことは否めず、これは私だけの問題では無く、ものを作る人間全体の問題でもあるのじゃァないか?と思いました。

時代の流れに関係の無い、よりよい音、良い音楽を私は信じるものです。おおげさに聞こえるかもしれませんが、そのためなら何でもするゼ、I'd do anything for MUSIC!と50を機に決意をあらたにしております。どうかこれからも(呆れつつ)あたたかく見守っていただければ大変、大変幸いです!

Syokosmall1

2015年8月20日 (木)

豊田道倫さんの

豊田道倫さんのデビュー20周年記念EP『そこに座ろうか』(WEATHER067HEADZ209/
2015年9月9日発売)に参加いたしました。

Toyodasann1small

こないだ『ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス』を聴いてたらめちゃめちゃ歌が歌いたいと思った、2年半ぶりくらいに。

そしてそれを録音したいと思った。何でもいいから言葉を発してメロディをつけて、発語して発音したらそれは歌になるんだろうか。ヘルハウンドオンマイトレイル。地獄の猟犬がつきまとう。かっけぇ~。こういう感じ何ていうんだっけ、そうだ。

触発。


豊田さんの世界は私を触発してくれる。ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングと同じくらい。これからも一生そうだろう。このEPを聴いていて心からそう思った。

江利チエミの和洋折衷。

江利チエミの和洋折衷の感覚に私は常々憧れています。


日本語と英語をワンコーラス、ツーコーラスでチャンポンにしても全く印象が変わらないって凄いことです。両方の言語を身体の奥で確実に捕らえるリズムが在ると云うことですから。


すみません、私ごときが偉そうなのですが、ひばりとチエミは歌唱表現の内奥に本物の腰、というものを持っていると感じます。


それはパンチがあるとかパワーがある、グルーヴがあると云った言葉でしばしば表現されますが、そのすべてを含み更にもっと奥に在るものです。ブラック・ミュージックにも通底するものですが、ひばりは日本的・土着的な「腰」、チエミはもっと洋楽的な、和洋折衷の「腰」であるところが違うと思います。


チエミの民謡から浪曲、小唄端唄、ジャズもポップもミュージカルもひとつになった素晴らしいエンタテイメント性が、「孤独な晩年」とか「波乱の人生」と云うイメージに隠れがちである気がして、なんか納得出来ないナァ。。。と思ってしまうのです。



ただ全盛期のチエミのキュートな姿&躍動する歌唱をふんだんに、公共放送でフルコーラス聴かせてくれないものでしょうか。だって昭和38年の紅白の映像なんて可愛すぎる。オーラってこういうものかと思います。私のハハ・まきこは高校時代、銀座で生チエミ(!)に遭遇したそうで、超イケメンのお兄さんと二人で買い物の途中だったそうです。


思わず友達と二人で「あっ!チエミ!」と叫んだら御本人「アラ!チエミじゃなくてチエミさんって言いなさいよネ!」笑いながらユーモアたっぷりに返してくれたそうです。


その時のハハの印象は「もう、超可愛い。テレビで見てたらファニー・フェイスかと思うけど、実物は色が白くて目が大きくてまつ毛が長くって。。。」


臨場感たっぷりに語るハハの青春時代('50年代~'60年代前半)って、その頃の日本って何て眩しかったのでしょうか。そんな超可愛いチエミのバックを務めるのは、東京キューバン・ボーイズに原信夫とシャープス&フラッツの精鋭ジャズメン達。んも~、どんだけ格好良過ぎなんだ!と腹が立ってきます(笑)。


あの、『マイ・フェア・レディ』の主題歌『踊り明かそう』を花売り娘スタイルで歌うチエミの映像がテレビで放送されたおかげで、その存在は私の中で「孤独の中で逝った懐かしの、往年のスター」から「憧れの、和洋折衷の素晴らしいエンタテイナー」に変わっていったのでした。


もしあれが無かったら。。と思うと、公共放送というものが人に与える影響の大きさをひしひしと感じるのです(うち今テレビ無いけど)。

Chiemistandards

2015年8月10日 (月)

恥ずかしながら

あと10日ほどで誕生日です。いつもは誕生日だナって感じなのでしたが、今回は誕生日か!!というかんじ。


中学時代からの親友M子(誕生日が一週間ちがい。私はギリギリ獅子座で彼女は乙女座)と合同誕生会をやろう!と盛り上がっております。新人類と呼ばれた私たちもいよいよ50、当時は何がどう「新」なのかわからなかったけど、今になるとチョトわかる気がします。


良くも悪くも「自分がどうしたいか」を人生の最重要事項にしてしまう女が大量発生した世代。どう「なりたいか」じゃ無いところがポイントです。


だいたい東京生まれの人間にはハングリー精神ってものがありません。そういう偉い思想には見放されています。上昇志向ってのが悪いとは思わないんだけど、いかんせん根性がつづかないと言うべきか。


意識が「自分の好きなもの・人・あるいは状態」に徹底して向いていて、ひとたび「好き」になったらもの凄い集中力とエネルギーを発揮したりする。M子を見てるとホント、そう思います(向こうもそう言ってるナ、たぶん。)


「25歳の女は」とか「まだ30代の女」とかいう歌を歌ってたのに50!と思うとひぇ~、とかまじか!という気もするのですが、コワイ反面案外楽しみでもあるのです。女の50代は楽しい、って先人の女性たちも云っていることだし。。。ネ。

Syokocurtain

2015年8月 7日 (金)

スペクターの低音。2

スペクターがなんで楽器の音をあんなに重ねたのかわかった。オーケストラなんだ、要するに。


低音のコントラバスと中低音のチェロがオクターブでユニゾンする時のあの感じ。R&Bを継承したロックンロールのサウンドで、オーケストラの広がりとゾクゾク感を体現するってことなんだ、やっとわかった。


リーバー&ストラーがドリフターズの『ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー』で初めて弦を使った、そのクラシカルなアプローチをさらに、低音に特化した独自のやりかたで発展させたと云うべきか。


モーツァルトの40番のチェロとコントラバスの低音が、まるでスペクターの低音みたいなんだもん、そして管楽器を「底に敷く」ようにユニゾンさせること。


スペクターがモーツァルトに喩えられるのがよくわかる。「低音」と「管楽器」のあつかいかたが本当に独特、そして心憎いほど上手い。


どうしてこの音がここにあるのか。全体のなかでどういう役割を果たしているのか。あ!そうか!とわかる時がいちばん楽しい。意図の根底に少しだけ触れた、気がするから。


世間で常識みたいに言われてることでも、「自分の肉体で経験する=体験する」ことが何よりワクワクする。「解る」ってそういうことなんだなと思う。それがまたたのしくてもっともっと知りたい。なんだか恋みたい。あたし、一生これをやってたい。

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

最近のトラックバック

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ