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2015年6月

2015年6月25日 (木)

「キルンベルガー第三調律法」は

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「キルンベルガー第三調律法」は所謂古典調律のうちのひとつです。現在は音の幅を均等に割る平均律が一般的となっているため、古典調律は「歴史の中で《淘汰されてきた》調律法である」と主張する向きもあるのだそうです。




古典調律、ことにキルンベルガー第三調律法の何とも自然で美しい響きに出逢った時、音にはなにもルールなんて要らないのだ、という解放感でいっぱいになりました。

天文学者でもあったキルンベルガーさんの編み出した調律法は、星の運航を示唆しているとの説もあるそうです。チェンバロの歩んで来た歴史とともに、その謎を久保田彰さんがわかりやすく解説してくださるのもとても楽しみです。




鎌倉の文化的、歴史的資産である旧華頂宮邸で演奏が出来ることを、ミュージシャンとして、鎌倉市民として本当に幸せに思っております。平均律の世界をちょっとはなれて、いつもと少しちがう音の世界を(ピクニック気分で!)ぜひ覗きにいらしてください。

ロネッツ&テディ・ベアーズ。

。。。とか書いてるそばからロネッツの

『I CAN HEAR MUSIC』がかかったと思ったら次はテディ・ベアーズの

『TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM』

なんですが。。。泣いていいですか?

いま 

駅近くのネットカフェに居るんですけども、ジャッキー・デシャノンのヴァージョンの『WALK IN THE ROOM』がかかってるんですけども。。。こないだはコースターズの『POISON IVY』がかかってたし、さっきは『HE'S A REBEL』がかかるし、あの~、私に選曲チャンネル合わせてくれてます?!と思わず妄想してしまうくらい。しかしかっこいいな~ジャック・ニッチェのアレンジ!

梅雨の晴間。

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2015年6月18日 (木)

いっつびーんあはーどでいずないと。

海のみえる町に小旅行してきました。

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帰って夜までレコーディング、久々にドラム叩いちゃった!Syokodrums

いっつ・びーん・あ・はーど・でいず・ないと。エンジニアのYさん、有り難うございました。お疲れさまでした!

2015年6月10日 (水)

東京に出る。

都内のスタジオで打ち合わせをする。東京に出る(行く、でなく出る、がふさわしい感じ)のは久しぶり、そして自作でない曲のプロデュース&アレンジは初めての経験。


自作曲にある「言わないでもわかっている」甘えがない分、曲の心を深く理解することが大事だと思う。


心して挑みたいと思います!

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                   紫陽花に秋冷いたる信濃かな 久女

2015年6月 9日 (火)

June/9 1975.2015

YOU ARE The Melody,

YOU ARE The Song,

YOU ARE THE MUSIC.

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                                                                   Niagaraheart_2
                                             June/9 1975.2015

2015年6月 5日 (金)

あなたなしでは

生きてゆけなくなった私。


老眼や中距離近距離遠近両用

=しょうこ=


字余り季語ナシ(涙)!

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  can't live without the glasses!!

p・s

先日書いた記事に記事の意図と少し離れたコメントをいただいたため、誤解を避ける意味で削除をさせていただきました。


なにかを考える過程で一度にいろいろな思いが浮かぶことがあり、経験からして単に“創作モード”に入ったヨと云うサインなのですが、忘備録的に考えたことを個人ブログ上に記録しておくのは意味があると思いました。


しばらくそんな更新をしてしまうであろうことを予想して、コメント欄を一時閉めさせていただきますね。今までいただいたコメントには、ペースこそゆっくり(過ぎ)ですが私もコメントしてゆきたいです。「ネット」とは言いますが「相互」だからこその「インター」ネットなんだと云うことは忘れたくないナと思います。


「インター」ネットの場では言葉の微妙なニュアンスや表情を伝える術が無いので、削除は何だか語感からしてキツく感じますよネ。ゴメンナサイ。ブログ記事としては個人的でわかりづらいものだったと思います。何とぞ御理解いただけたら大変、嬉しいです。

2015年6月 4日 (木)

アメリカの詩人。

一応社長ですのでビジネスバッグと云うか、A4の用紙がそのまま入るサイズのバッグを二つ持っているのですが。。。中を覗くとちょっとシュールな気分におそわれます。


いえ、そんなに乱雑にしているわけではなく、打ち合わせ用の資料、メモ用のノートや筆記具、ガラケー、そういったものに挟まって鏡、口紅、どうかするとポーチからこぼれたマスカラなんかが見え隠れし、


化粧はそんなに嫌いな方でないしレースやフリルの服とかスキですが、仕事と女、はやっぱ相性悪いよナ~と、資料のあいだに挟まったマスカラを見て冷静に思ったりします。


「女は女であることがプロなので、そのほかの仕事は何をやっても余技みたいになっちまう。」ってお聖さんの本にも書いてあったナー。それ、仕事をかるくみてるとか甘えてるってのともちがう。


しかし資料のあいだに挟まったマスカラ(しつこい)をどう説明したものか、自分でもよくワカラナイのです。そんなことを考えるのはアン・セクストンやシルヴィア・プラスの詩を読んだせいかもしれません。



アメリカの詩人の詩は昔から好きですが、時々あまりに漠然とした、茫洋とした広大さを感じてクラッと来ることがあります。まるで詩の真ん中に巨大な穴があいているみたいに。


こんな漠然とした広大を感じながら創作をつづけるのはキツかろう、とふと感じたりするのです。男だとブローティガンも好きだけど、いま挙げた3人みんな自分で死んでしまった。



この茫洋、漠然とした広大はあるいは彼ら彼女らの孤独や絶望の深さ大きさと似ていたのかしら?読みながらそう考えてみるのです。


しかしアンやシルヴィアの時代からすると、資料とマスカラはそれでも随分矛盾しない時代になったものだナー、とも思います。どちらをやるにも大きな腕力が要るけれど、腕力を使ってしかも消耗しない、ためには女に相応しいやりかたがあって、それは今まで信じられていたカタチとはずいぶん違うものだろうという予感もします。

ムズカシイけどもやってやれないことは無い、本田宗一郎サンだってそうやってあたらしいエンジンを考えたんだもんネ(違うか)!

2015年6月 1日 (月)

タイトル。

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懐かしいバイエルの楽譜、のようなノートに歌詞を書いております。昔の岩波文庫のような字体と図案(フォントとかデザインと言いたくないかんじ)がスキ。

新曲のタイトルが決まりました。

『Mad Girl's Love Song』

Syokokashi

これでいくゼ、サンキューベイベー。

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