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2015年5月

2015年5月31日 (日)

明日から6月。

2日にわたってしつこく書いちゃいましたが、明日からは6月、サクッと気持ちを切り換えたいと思います。


ライブの開催日と場所を6月14日(日)にお知らせ出来ることになりました!詳細もその日にお知らせ致しますのでどうか、もうちょとだけお待ちくださいませ。


そして6月はまったくの新曲をレコーディング致します。坂本真綾さんのトリビュート・アルバムの時と似たスタイルで、久保田彰さん作のルッカース・チェンバロを主軸に、あらたに中世の楽器が加わり。。。どうなることか何が起こるのか、今からワクワクと楽しみなのです♪。

HYTB。

しつこいですが

HYT

は私個人に宛てられた内容では無く、今後取り組んでゆきたい事業内容についての説明でした。


一夜明けて読み返してみましたが

HYT

にさらにB


が加わり

HYTB

になりました。

今はかつてないほど「分かちあうこと」が求められているというのに、


HYTB


は「人間」を使える「人材」と言ったり、「音楽」を消費されるべき「コンテンツ」と言い換える。


その象徴としての


HYTB


を私は忘れないようにしたいと思います。いや、忘れながら忘れない、忘れないけど忘れてると云うべきか。しょっちゅうそれについて考えてることは逆に


HYTB


の思うツボですから、無抵抗ゲリラ戦(なんじゃそら!)ってのが、効率悪いけど長期的には最もヨイんじゃないか?ナンテ思ったりするのでした。

Nogizakataikosmall

(まったく関係無い画像でスミマセン。)

HYT。

ちょと伏せ字だらけの更新になりますが。。。うちに大手○○○○会社さんから郵便物が届きました。それを読んだ私の感想は


H・Y・T


。。。というものでした。沖縄の有名なバンドの名前ではございません。よくある早い・旨い・安いを

H・U・Y


だとするならば、以上はその郵便物の内容について私の頭に浮かんだ3つの単語の頭文字でございます。


こういう


H・Y・T

なことしか考えないからここにあるように


○○市場を取り巻く○○は○○○を○○○おり


。。。っていうことになるのよネ?と思ったことでした。しかしながら私としてはこれから


打倒

H・Y・T


をモットーに行きたい(生きたい)、と決意をあらたにさせてくれた、大変有り難ーい郵便物ではあったのでした。思いますに


H・Y・T


はハッキリと音楽の「敵」だからなんでございます。伏せ字だらけでゴメンナサイ!

2015年5月30日 (土)

まだまだお聖さん三昧。

未読だった『不機嫌な恋人』『愛の幻滅』『九時まで待って』読了。

Seikobook_4

主人公たちのじぶんの恋と恋人への、何と優しい、そして容赦のない幻滅。


恋はする時は本当にしてしまうもの、どんなに気をつけようが無防備だろうが、鎧を着ようが裸だろうが、恋に落ちるときは「堕ちさせられてしまう」、その相手にだか、運命にだか、何だかよくわからないものに。


時を選べない。相手を選べない。選べるくらいならもうちょっとどうにかなる。「落ちて」しまったらもうどう仕様も無い、「選べる」ものなんてなにひとつない。


微に入り細にうがって「恋」の心理を描きながら、じつは田辺聖子は「時」を描いている、その無情を、とどまらない残酷さを、はかなく、だからこそ「いま」ここで輝くものを。


甘くない。。。本当に甘くない、恋も人生も。


だけど人生は甘美だ、喩えようもなく心を甘くあまく蕩かす恋のために。登場人物たちの操るちょっぴりユーモラスな大阪弁のせいかしら?そう信じさせられてしまうところが。。。まさに「お聖さんマジック」。

2015年5月28日 (木)

エビちゃん。

。。。と言ってもモデルさんのことではございません。先日、志木の郊外にある久保田チェンバロ工房に撮影のためお邪魔いたしました。最新作のチェンバロは今、響板にチェンバロ特有の美しい絵が描かれているところ。

いつ見ても美しい花や草や天使。。。あれ??

Ebi1

エビ。


どう見てもエビ!

Ebi2



「今、16世紀のチェンバロに描かれていた絵の複製、のさらに複製をしているところなんですけど、その頃の人って現代とはどうも美的感覚が違ったみたいで、今だったらキレイ、とは思わないものでも面白い!珍しい!と思って描いてたみたいなんですね。」

と久保田みずきさん。どこか漫画チックでかわいい真っ赤なエビちゃん。楽器の完成がとても楽しみです♪。

Kubotasan_chambalo10_3

                       久保田さんとスズキ。

2015年5月21日 (木)

風薫るにんじんサラダゆでたまご。

主食は今流行り(らしい)、のおにぎらず。どんな手抜きのごはんでも“手で”作ったらやっぱし美味しいのである。


にんじんを細く切ってお塩と胡椒をバルサミコで溶いて、オリーブオイルを足したドレッシングの中にどさっ、と入れてかきまぜる。(ふつうのお酢をちょこっ、と足すとやさしい味になるみたい)オレンジや夏みかんをむいて混ぜるともっと爽やか。フランス人のシェフがテレビで作ってたのを真似したら美味しかったのでずっと作っている。


コンビニおにぎりもデパ地下のお弁当もたま~に買うと美味しいけど、わたしの手抜きごはんもなかなかどうして美味しいゾ。

Syokokitchen

ことだま。

裏の畑から一時戻ってまいりました~。

言霊、ってホントにあるのですね。こないだUSBメモリーが小さ過ぎて失くしそう、と書いたらホントに失くしました(涙)!


立ち寄ったお店で落としてそのまま帰って来て、3日後に無い!と気づいてキオクをたどり電話をしたら、お店のかたが親切に取っておいてくれました。ア~、良かった。。。


と安堵したものの、やはり起こって欲しくないことはどんな小さなことでも言っちゃダメ!とあらためて思っちゃいました。


とすると、起こって欲しいことを書いたり言ったり貼ったりするのが良いってのもホントかもしれません。ココロで思うだけでグフフ。。。ヌハハハ♪。。。となってしまうことがあるバヤイは、恥ずかしがらずにどんどん言うと良いのかもネ!

Suzukisan1

2015年5月16日 (土)

チェンバロのこと。

チェンバロを練習しているところを見られたくない、何かも~コーコツとしてるから。それも自分の演奏にコーコツなんじゃなく鍵盤の感触にコーコツ、なんだもん、これってピアノでは起こらないコーコツなんだ、ごめんねピアノ、大好きなんだけど近ごろどーも足が遠のいちゃうんだ。


チェンバロはちょっと放っておくと調律はヘンになるしジャックは戻らなくなるし、その度に手をかけてあげなきゃならなくて、そーゆー気難しさがナンか良いんだ。ちょっと前にチチに言われたんだけどサ、チェンバロはピアノよりももっと打楽器に似ている、まるでシンバルみたいな衝撃音を含んでいる。だから好きなんじゃないの?――ス、スルドイ!その通りかも。。。


調律だってチューニングメーターだの何だの、そんなものは要らないんだ、音の幅なんか自分で決めりゃァ良い、441(ヨンヨンイチ)だの440(ヨンヨンゼロ)なんて知ったことじゃァ無いンだ、つまり。。。不便だとか不自由みたいにみえるものの中に、想像してなかった大きな自由が在るってことなんだ。そこがど~にも魅力なんだ。

P・S

ライブ準備のため、今日から10日ほどお休みしま~す。あのヤロ(女だけど)、始めたと思ったらまたヤメたか?と怒らないでくださいませ!

ーー裏ノ畑二居リマス。賢治、じゃなくてしょうこ。

2015年5月15日 (金)

イジワル・ヒッチ。

アルフレッド・ヒッチコック監督(=ヒッチ先生)の傑作『めまい』。ヒロインのキム・ノヴァクの綺麗なこと美しいことったら。20代の頃見ても「何てオトナっぽくレディっぽく綺麗なんだ。。。」


と思いましたがこの年になって見てもやっぱりオトナっぽくレディっぽく超・綺麗!悩殺、なんてコトバを使いたくなります。


同じノーサツでもマリリン・モンローのノーサツはもっとソフトで可愛いのですが。。。それも監督の演出力に依るところ大、かもしれません。


私マリリンも大・大好き。代表作とされる二本『七年目の浮気』『お熱いのがお好き』を撮ったビリー・ワイルダー監督はチコク魔のマリリンが大ッ嫌いだったそうですが、ヒッチ先生もキム・ノヴァクが大ッ嫌いだったことをインタビューでトリュフォー監督に明かしています(面白いですねェ、それでいて二人ともあんなに綺麗に撮っているのですから。)


ついでに言うとヒッチ先生、イングリッド・バーグマンともいまいちウマが合わなかったみたい。でも『汚名』でスチール・カメラマンを務めたロバート・キャパとの恋愛に悩むバーグマンの相談に乗り、ふたりを題材にしたこれも傑作『裏窓』をシレッと撮ってしまうイジワルさ!そんな事は公にな~んにも言わないところがさらにイジワル。


そーゆーイジワル・ヒッチの生涯のヒロインは言わずと知れたグレース・ケリー。『裏窓』ではキャパをモデルにした報道カメラマン=ジェームズ・スチュワートに恋するバーグマン。。。をモデルにしたヒロインの美女・リザを演じさせています。この映画のグレース・ケリーも超・綺麗。ヒッチ先生、頭の中にいったいいくつのキャメラを持っていたのでしょう。 


私は『裏窓』も大好きだけど『めまい』はもっと好き。大ッ嫌いなキム・ノヴァクに目の覚めるようなコスチュームを着せ、ひとつの映画のなかで二人の正反対の女を演じさせ、その女がじつは一人だったことを観客に明かし、最後には殺してしまうヒッチ先生。


残酷なお話なのに心にのこるのはジェームズ・スチュワートの苦悩とキム・ノヴァクの美しさ、そして恋、というもののどうにも逃れがたい罪、そして罰。


イジワル・ヒッチの面目躍如、そのサスペンスの華麗さと美事さに、は~、素敵。。。とただため息をつくしかないではないですか!

2015年5月14日 (木)

フリー・アズ・ア・バード。

うちは谷(やつ)を登ったところにあり、坂はきついですがこの季節は緑がきれいです。鳥も来るしリスも居ます。ツピツピツピツピ。。。と鳴いているのは何の鳥でしょうか。ビートルズの『Blackbird』の間奏にそっくりと云うことは。。。

ウグイスも毎日やって来ます。だいたい7時、10時、13時と三時間ごとに声がするってことは、彼らはものすごく正確な体内時計を持ってるのですね。時計をチラッと見てお、そろそろ13時か、なんて言ってたりして。人間も本当は彼らなみの体内時計を持ってるはずなのに、なんでこうめちゃくちゃな時間に寝たり起きたり食べたりするんでしょう(あたしが不規則なだけというウワサも。。。) やることとか持ち物とか雑念が多過ぎるのでしょうね、生物的に。あぁ人間であることは難儀やほんまに、と時々思います。鳥のように暮らせたらなァ。

ジョン・レノンもそんなふうに考えてあの曲を作ったのかナ?

Syokogreen                      南の窓からの風景。 

2015年5月13日 (水)

ガラホ!!

なんてタイムリー!天はあたしを見捨てなかった!これだ!!

。。。スミマセン、思わず興奮してしまいました。a○解約してこよっと♪。

ガラケー。。。


生産中止!!ちょと前のニュースですが。。。どうしよう。以前、電車(南武線)の中でわき目もふらずスマートフォンをいじってる女の子がいて、その目が恐すぎてトラウマになってます。やはりこの辺でちったァ時代についていくべきなのか。。。スマートフォンはこんなとこが良いヨ!と私の購買欲をシゲキしてください~。

関係無いけどUSBメモリーと云うものを拙ブログの為に初めて購入いたしました。小さくて失くしそう!

Usbsyoko_2

開催時期。

いつもコメントたくさん有り難うございます!みんなファンタがスキ(もしくはスキだった)なんだな~と何だか安心しました。あんな爆飲みしてたのは自分だけかと思ってました(涙)。。。

ライブの開催時期についてご質問いただいていたのですが、スズキの「デビュー27周年の日の前後」。。。でわかっていただけますでしょうか??6月になりましたらもっとくわしくお知らせしますネ。ちょと待っててくださいマセ。

2015年5月12日 (火)

ファンタスティック!。

そ~だ、ファンタスティックで思い出しました、ファンタ・グレープとファンタ・オレンジが発売された当時小学生で、夏になるとオレンジとグレープを交互に飲んで1日の水分摂取をまかなってたら(←バカ)、あっちこっち虫歯になりました(涙)。


それに懲りたのか、オトナになってから清涼飲料水はゼンゼン飲まなくなっちゃった。子供ってなんであァ限度を知らないんですかねェ?今も似たよーなモンなのか?関係ないハナシでスミマセン!

ファンタスティック。

Syokofantastic2_2

近くのアンティーク屋さんで買った赤と青の布、昔のドイツのカーテン生地なんだそうです。見てるだけでなんか幸せ♪なのは、昭和40年代の子供時代を思い出させるからかしらん??



Syokofantastic




1960年代中盤から70年代中盤、'76~'77年くらいまでかナ、こういうプリントの日用品や服がいっぱいありました。その頃の調度やムードが大好きです。何かこう、ファンタスティックな想いをかきたてられるのです。三つ子の魂ナントヤラ。

2015年5月 8日 (金)

見たり聞いたり試したり。

本田宗一郎サンやソニーの創設者の井深大さんの言葉って、今読んでも元気がでてくる。個性って、自分のオリジナルって何なのか考えさせられる。(このおふたりが大の親友だったことを最近知って、何だか嬉しくなっちゃった!魔法の本屋さんに『わが友 本田宗一郎』という井深さんの著者があったノダ。)


「--人生は見たり、聞いたり、試したりの三つの知恵でまとまっているが、その中で一番大切なのは試したりであると僕は思う。僕は見たり、聞いたりするが、それ以上に試すことをやっている。その代わりに失敗も多い。ありふれたことだけど、失敗と成功はうらはらになっている。本に書いてあるから大丈夫やれと言って指示するのと、おれがやってみて大丈夫だったからやれるというのとでは、やる方も全然違う。だから僕は、試すことが一番大切だとつくづく思う。」


「この間、専務と一緒に汽車に乗った。そして栄太桜の缶入り飴玉を買った。汽車の中でなめていこうというわけだ。そこで僕が缶を切った。ピースの缶でもそうだか、僕の切り方は独特だから、切ったあとがギザギザになって手にさわることがない。

他愛もない自慢話に聞こえるかも知れないが、僕のやり方をヒロウすると、まず第一にフタについている刃のどっち側を使えばよく切れるかを観察すること。刃は機械でちょこちょことつけたいい加減なものだから、切れない方を使ったんじゃなおまずい。そのつぎに刃をフタの外形いっぱいにくっつけることが大切である。そうやって十分に押さえつけておいて、回す方の手を充分にためてから、同じスピードで一気に回すとよく切れる。それを二度も三度もやるからギザギザになる。


いわれれば、なんだそんなことと思うだろうが、こういった条件をすべて踏んでやっている人は、案外少ないのではないだろうか。楽しみというものはどこにでもある。僕は人がピースの缶を切るのを見ても、僕がやってみたいなぁと思うし、やってみてうまく切れると、とても嬉しい。」


「僕は、うちの社員に、自分の本当にやりたいことを思い切りやってみろ、それで給料がなくなったら、あとはチーンとした生活をしろと言っている。貧乏人と大臣気分が両方味わえるのだから、二人分の人生勉強ができるじゃないかというわけである。だいたいパチンコぐらいやっていたんでは幅が狭くていけない。」


(本田宗一郎『ざっくばらん』より。)

2015年5月 7日 (木)

香りを聴く。

香りを聞く。。なんて素敵なひびきのする言葉でしょうか。香の世界には聞香(もんこう)、と云う言葉があるのだそうです。


そういえば香りは英語でNoteノート、と言いますね。香水でもまず最初に来る香りをトップノート、と云うし。。。


御存知の通りノート、には音符の意味もあります。香りを聞く。。。ならリッスントゥザノート、となるのでしょうか。フィル・スペクターがプロデュースしたグループの中に、私の大好きなThe Top Notesがいます。TheBasicThingsという曲は涙なしには聴けないR&Bバラードの名作です。ヒット曲でもなんでも無いけど、この世にあまたあるラブ・ソングの中でもベスト3に入っちゃうくらい。


「愛には代わりなんかきかない、だから気づいたら無視しちゃいけない。探求するんだ、心の平和をみつけるために。」と云う歌詞も大好き。スペクターも珍しく優しいストリングスとウッドベースで、この素敵な曲にロマンチックなラッピングをしてあげています。手の切れそうなリアルさだけはやっぱりスペクター!なんだけれど。。。


あれ?話がちょとズレたかしらん?「音」と「香り」には思いのほか、深い縁があるのかもしれないと思う休み明けなのでした。

匂ひ袋。


京都に住んでいる時に出会った松栄堂のお香をずっと愛用しています。奈良の薬師寺に行った時、お堂に立ちこめる香りがあまり心地よかったので、お訊ねしたらそれは松栄堂のお香だったのでした。


二条烏丸のお店によく立ち寄ったのを思い出します。老舗の呉服屋さんなども多い界隈で、行くたびにしっとりとした華やぎを感じるのでした。


丁子に白檀、桂皮、安息香。すべて天然の香料からつくられたお香は本当に心を落ち着かせてくれます。日本の「香り」の文化って素晴らしい。



Niohibukurokyoto_2


2015年5月 5日 (火)

お聖さん三昧。

本当はそんな気安くお呼びしてはいけない田辺聖子先生。でもそのユーモアたっぷりの作風から、ついこんなふうに呼びたくなります。 初めて読んだのは15歳の時。ハハが読んでいたエッセイ『女が愛に生きるとき』でした。

女が愛に生きると言ったって、中3の身でどれたけ理解していたものか。。。でも不思議にその文章は心に染み込んで来て、その後19歳で「ねこしゃく」こと名作・『猫も杓子も』を読み、20代で『窓を開けますか?』、30代で『言い寄る』や『苺をつぶしながら』、 近年は優れた女性作家の評伝(吉屋信子や杉田久女)に親しみ。。。考えてみればいつの年代でも「お聖さん」の言葉は自分と共に在った、と云う気がします。

 

本当に本当に、古くない。『女が愛に。。。』も『ねこしゃく』も『窓を。。』も『苺を。。』も、30年、40年の月日を経ているのが信じられないくらいみずみずしく新鮮です。軽みとユーモアたっぷりの作風の向こうには容赦ない厳しさも、鋭い舌鋒も見え隠れします。それは何に向けられているか。

 

「愛」に反するものすべてだと、私は感じます。それこそが田辺文学の、色褪せない「永遠のあたらしさ」だと思うのです。

Syokoseiko_2

2015年5月 1日 (金)

八十八夜の村はずれ。

鎌倉・大船方面にも初夏の風が吹いております。

夏もちかづく八十八夜

野にも山にも若葉が繁る

あれに見えるは茶摘みじゃないか

茜だすきに菅の笠


ご存知『茶摘み』をこの季節になると毎日歌っております。何て良いメロディと歌詞なんだ。


しかし菅の笠、って見た目はわかるんですが「すげ」ってどんな植物なのかわからず、ここまで来るといつも考え込んでしまいうまく音が取れないのです(笑)。(すげのかさ、ってメロディに乗りづらい言葉だヨ。)


同じ現象は船村徹先生・高野公男先生の名曲『別れの一本杉』でも起きるのです。


泣けた 泣けた
こらえ切れずに泣けたっけ

あの娘と別れた哀しさに

山のかけすも哭いていた

一本杉の

石の地蔵さんのヨー


「村はずれ」


一番大事なキメのフレーズで考え込んで歌えない(涙)。何故って大田区の町工場・アパート・路地の中で育った私、「村はずれ」がどんなものなのか実感が無いのです。

そこまでは自分の感情や経験を総動員して何とか歌えるのに、このキメの台詞でザセツしたら元も子もありません。ア~困った。



ビリー・ホリデイが自伝『奇妙な果実』の中で書いてましたが「自分の中に無いものは歌えない」って本当です。


そんな凄い人を引き合いに出すのもヒジョ~に気が引けますが、声も音もびっくりする程正直で、こうしよう、ああしようなんて思ったら絶。。。対にそうならないのです。「すげのかさ」と「村はずれ」で考え込んでるくらいが関の山。


くやしいな、わかりたいな、と思ってるうちは私もまだ歌えるのかもしれないナ~と思うのです。

Syokogreen2


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