『港が見える丘』で逢いましょう。

Hiranoaiko1

 

平野愛子さんのあまりにも有名なこの曲をはじめて知ったのは

大瀧詠一さんがインタビューと、ラジオ番組『日本ポップス伝』で

紹介されていたのがきっかけでした。2010年だったと思います。

儚げでモダンで。。。なんて素敵な曲なんだろうと感動し、

プロデューサー&アレンジャーの山本隆二さんにアレンジと、

ピアノを御願いしてライブで歌ったのですが、

何とも難しくて歌いきれなかった。。。という想い出があります。

いま歌ってみると凄く胸に入ってくるというか、

9年前は所謂「昭和歌謡の名曲!」という認識だったのが、まるで

歌詞の中の女性になってしまったような切なさを感じるから不思議です。

私もちょっとは成長した。。。ということでしょうか(笑)。

 

この曲の音楽的なポイントは(私にとっては)3つあって、

まずオリジナルである平野愛子バージョンのE♭(イーフラット)という調性ですね。

非常に高いのです。最初Cのキーでやってみて、なんか違うナと思い

あらためてオリジナルを聴き直したらE♭でした(高っ)。最高音もE♭なので

音域が広く、それを9年前の私は難しいと感じたのでしょう。

 

これは意図的にそうなっていて、このキーだからこそ地声と裏声を

自在に行ったり来たり出来るのですね。その声の切り替えの面白さ、ユニークさが

まずひとつ。。。

 

そして

♪色あせた桜ただひとつ♪

の色あせ

『た』

の音はB♮(ビーナチュラル)です。

これが私的にはこの曲の最重要ポイント!!

普通に考えたら

色あせ

『た』

の音はB♭(ビーフラット)になるのですが、それをあえて半音上げることで

桜の花びらの散るような儚さ、を醸し出すとともに、

ちょっとジャジーで、オフビートな「外し」の感覚が込められています。

 

私にはそのようにしか聴こえないのですが、いろいろなカバー・バージョンを聴いても

ここは半音上げずに普通に歌われている場合が多い。。。

いやここはBのナチュラルでなきゃ許せません~!(←私見ですが。。。)

 

そしてジャジー、という言葉が出たように、

この曲は4ビートのリズムをもっています。

バラードでは無いのですね。これも普通に考えたら

「バラード然」!としたドラマチックな解釈をしてしまいがちですが、

4ビートのリズムはドラマチックというよりはリズミック、

モダンな軽さと、躍動感を含んでいます。

Kikuchiakiko1

平野愛子の歌唱は同じ昭和22年に発売された名曲『星の流れに』の

菊池章子を思わせるところがあり、

直接的にか間接的にか、アメリカのジャズ・シンガーの影響を受けていると思います。

ちょっと蓮っ葉で艶っぽい、清純、純情というのとは違う感覚、

それがなんとも格好良いのですね。いや、格好良いといっては

語弊があります。だってこの2曲のテーマには「戦争」というものが

抗いがたい影を落としている。

 

「流行歌」が時代とともにある以上、戦後わずか2年で歌われた歌だということの意味を考えずにはいられないのです。

バラードでもなく演歌でももちろん無い、日本風であって和風では無い、歌謡曲から逸脱したジャズのフィーリング。。。

矛盾しています。

そこに留意しないと作曲家の意図からズレていってしまう、

非常に微妙な難しさをもった曲であり(正直、誰がどうカバーしても難しいでしょう。歌っておいて

ムセキニンなのですが。。。)

同時に作詞・作曲の東辰三先生の、非凡な洋楽的なセンス、を感じるところでもあるのです。

 

非凡な、洋楽的なセンス。その言葉から浮かんでくるのは。。。

大瀧さんの音楽!ですね。

だからこの曲を愛し、『日本ポップス伝』やインタビューで何度も紹介されたのだと思います。

こんな勝手な解釈をして怒られるんじゃないか。。。と思いながらも、

これからもどんどん勝手に解釈してゆく。。。(笑)でしょう。

『日本ポップス伝』は何よりも音楽を「考える」ことを教えてくれました。

Img_3680

昭和22年、まだ生まれていません。

戦後ちょうど20年経って生まれたバブル世代&均等法世代&新人類ですが、

昭和生まれ、もいよいよ(昭和当時の)明治生まれと同じポジションに。。。

しかし私はもう元号は使わないつもりです~。

 

 

 

 

2019年4月11日 (木)

西暦3010年のバッハ。

J・S・バッハ×グレン・グールド

『リトル・バッハ・ブック』
『ゴールドベルク変奏曲』(新録)

J・S・Bach×Glenn Gould

『THE LITTLE BACH BOOK』

『GOLDBERG VARIATIONS』(’81)

Gouldcasette

グールドの弾くバッハはまるで「未来から聴こえてくる音」みたいだ。バッハの最晩年の傑作を'81年新たな解釈で再録音した、なんてデータも、そこから既に30年以上が経過しているなんて過去→現在の概念もすべて吹っ飛んでしまう。


これは3010年から聴こえてくる音なんじゃないかと思う。バッハは書き遺したスコアによって、グールドは「録音」という記録の技術によってかるがると時間を超えてしまった。


20世紀に生まれた録音技術が50年をかけて爛熟期を迎え、望みうる最高の達成をみせた1980年代初頭に向かってグールドが50年の人生を生きたこと、バッハがこの世で命を全うしてから200年後にグールドという表現者を得たことは偶然と思えない。100年とか200年なんてチョロい、1000年、2000年の単位でなきゃ彼らが視ていたもの、視ようとしていたものには届かないという気がする。


グールドのバッハ表現が真にすぐれているのはやはりバッハの音楽のもつ

数理性、への理解、それを完全に身体化していたこと、に尽きる気がする。

 

バッハの音楽は神の数式だ、限りがあるからこそ普遍である生命というもの、それが生きるための方舟であり揺籃でもある時間、そして自然の法則を解き明かすための。

 

 

音楽家と音楽家の時間を超えた出逢い。それはすべての人類にとってのギフトになった。


グールドはバッハの数式を解き明かしてみせた、この世での自分の生命と、生きた時間を引き換えにして。そんなふうに聴こえてならない。


最後のアリアでいつも私はとめどなく泣いてしまう。哀しいからではなく音楽=生命がはなつ光、それが「ここに在ること」にただ、打たれるからだ。

Yousufkarshglenngould19571571x1960

2019年4月 9日 (火)

自力の効能と不思議なこと。

 

 

Img_3505 はあ~、さきほどはtwitterをアップしようとして3回くらい失敗して

力尽きました。。。すみません。。。時差ボケだとは思うけれど

Wienのホテルにipadの電源を置いてくるし、

やはり寄る年波でしょうか(涙&笑)。。。

しかし、独りで3日間とはいえヨーロッパの国を、街をフラフラというか、

自力で行きたいところに行ってものを観たり聴いたりしたら、

なんだかいろいろとどうでも良くなって、といっても

ヤケクソになるほうの“どうでもいい”では無くて、こう何というか、

先日書いた記事の「私は私、という確信」がよりmore&more convincedというか。。。

何かわかりました。積極性を発揮するというのは何も過剰な自己アピールを

することでは無く、ここまでしか無理、と思っていた、

限定しちゃってた“自分“という円周からちょっと外にでてみる、ということなのですね。

 

Img_3378

当然のように若い頃から女の子の一人旅なんて危ない!とか言われていますと

トシをとっても何とな~くまだそんな感覚で居て、

それが当然になっちゃう=身体化しちゃうんですね。風景化、というんでしょうか。

こわいですね、恐ろしいですね。

それを疑わないし特におかしいとも思わなくなる。

旅に限らず、身体化、風景化しちゃってることって多いんじゃないでしょうか。

これは女性に限ったことでは無く、男性もきっと、男なのに、男だから、

と言われつづけて風景化しちゃってることってあると思います。

それを外していくと何か良いことあるのか?っていうと。。。

Wien5_1

 

あります!なんかいろいろとどうでも良くなって、

なんか知らんが楽しい!と思えてきます(笑)。

で、~になったらどうしよう、とか、~になっちゃうんじゃないか、などの、

“よく考えてみると根拠の無い恐怖とか不安感”がまぼろしだったってことに気がつきます。

そんなもの感じる必要無いのですヨ、人間は(って、大きく出たナ!)。

いい年こいてもこういう発見が出来るって、

自分にとっては凄~く幸せなことなのです。

あ、WIENで不思議なことがあって、2日めの朝、アマデさんのお墓に

どうしても行きたい!と思いザンクト・マルクス墓地をインターネットで

調べていたのです。いろいろな訪問記があるのだけど、

アクセスや道順、駅からの距離なんかはさすがに現場に出てみないと

わからない。基本、なんでも現場主義、の私です。

 

Wienerphilharmoniker

 

その日楽友協会ホールでWIENER PHILHARMONIKERのコンサートに行き、

夢見心地でモーツァルト・ハウスにゆき、アマデさんのお葬式があったというシュテファン寺院に行ってさらに歩き廻って。。。

道に迷いました(笑)。そういうときに限ってタクシーもぜんぜん見当たらない。

しばらくさ迷っていましたら目の前にバス亭が、そしてザンクト・マルクス行きのバスがスーッ、と入って来たのです。ザンクト・マルクス行きのバスがあるなんてことも、

それがどこかもわからないのに、あ、これに乗ろう、と思いました。

暗くなりはじめる時間にどこに行くかわからないバスに、よく乗ったナーと思います。

 

Amadesann

 

非常に不安でしたが20分もすると71番線のトラムの駅がみえてきて、あ!ここだ!と

反対方向のトラムに乗り換えて20分、

無事にホテルのあるRennwegに着きました。そしてザンクト・マルクス墓地には、

Rennwegからそのまま71番線に乗ってゆけばいい、ということもわかりました。

不思議なのです、朝にアマデさんのお墓のことを考えていただけで、道やバスのことなんか

何も調べたわけじゃない。あの時待ってたみたいにザンクト・マルクス行きのバスがやって来て、

アマデさんがこっちだよ!これに乗って!と教えてくれたみたいなのでした。

 

 

 

2019年4月 3日 (水)

『It's Monday,A New Day5/20』

こんにちは、ウィーン帰りの(笑)「かつて鈴木祥子といわれた女」です。

呼ばれた、でも云われた、でもかまいません。

『It's Monday,A New Day5/20』菅原弘明さんと郷田祐美子さんと共に

カバーと、それに新曲だけを演奏します。鈴木祥子の曲、も少し

やるかもしれません。次の場所へ、あたらしい場所へ向かいます。

520_1

いま言いたいことは

「命令なんか聞けるか!」

。。。と申しますのも、Wienに住みたいとまで思った理由のひとつに、

「ロ〇コン・ア〇メ絵」

がどこにも無い、

そもそもそういったものが存在しないし

そういう概念自体が無い、

ということがあります。

インターネットに接続すれば、

電車に乗れば、

駅のホームに立てば、

強制的に視界に入ってくる

「ロリコン・アニメ絵」。あ、書いちゃった。

あれが視界に一瞬たりとも存在しない日々のなんという心地よさ!!

強制と命令はどう違う?違わないと思います。

今強制と感じるものが、命令になったらどうするのか?

精神の自由=命を、いったい誰が守ってくれるのか?

音楽は自由です。強制や、命令とは何の関係もありません。

鈴木祥子、という人は私ではありますが、

鈴木祥子、の名前で何か規定されるものがあるのならば

そんなものは必要無いし、

鈴木祥子が作ったものはそのまま、そこに在ればいい、

関わってくれた人の音ともに、すごく好きだしこれからもずっと演奏してゆくでしょう。

いま思っているのはこんなことなのです。

P・S

さきほどHarmonyという音楽の言葉が元号の説明(対・外国)に使われている、

というのを聞いて、ウィーン帰り(笑)の私の怒りが爆発しました。

外国は日本より進んでいる、勝っている、そういう概念を植えつけてきたのは

誰だったのか?外国は進んでなど、勝ってなどいません。

寧ろ古いもの、受け継がれたものを大切に守っています。

見てきたばかりの街並み、楽友協会ホール、オペラ座、シュテファン寺院、

モーツァルトの家、ザンクト・マルクス墓地、

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の音。

みな古いものです。残っている、残している、護っているのです。

何を?

文化です。それによって生き、それによって生活し、歴史を受け継ぎ、

力を与えられ、さらに明日を生きてゆこうとする意志です。

それを壊しておいて何がハーモニーか。ふざけるのもいい加減にしろ。

P・S2

ちょと説明不足だったかもしれないので補足したいと思います、

西欧最高!日本も見習うべき!ということを言ってるのではなく、

西欧が日本より優れているとか、進んでいるとか、

今までさんざん聞かされ、思いこまされていることがおかしいと思うのです。

私個人が感銘を受けたヨーロッパの壮麗な建造物、音楽、

それとは異質な優れた文化を日本は持っているのに、その文化を失くそうとしてきたこと、

いまも失くしつつあることに抵抗したいのです。

“脱亜入欧”。明治政府がスローガン?としたというこの言葉を、こんなにも

空しく感じたことはありません。

入欧、と云った時点でもう、甚だしく間違えている。

そこから卑下に転じるなら、それもまた著しく間違っている。

それが元凶だった!と思い知ったウィーンへの旅なのでした。

 

 

 

2019年3月27日 (水)

「鈴木祥子」の年季も明けて。。。

 


先日金沢に行った帰り、参加させていただいている句会のための「春」の


句をかんがえていて、やはり時節柄平成、という言葉を使いたいナーと思い、


平成に終わり告げたる桜かな


というのを作りました。お恥ずかしい!金沢で作ったほかの句は


白山の頂白く春の朝


うすみどり冴えて春服出番なり


 


Img_3009


 


ピンク、白、うすみどりの“色シリーズ”でせまってみました。白山の頂は本当に真っ白で美しく爽やかで、


アルプスの雄大な眺めとともに、


「日本の景観って、自然ってほんとうに素晴らしい。。。」と、


心から感じ入ってしまいました。


同時に感慨深く思ったのは、ほぼ平成とともにデビューして、ほぼ平成の終わりとともに


30周年を迎え、それを終えた「鈴木祥子」という人のこと、


それは私自身にはちがいないのですが、


そもそもの始まりが「シンガー&ソングライター」としてのデビューだったので


今までそれを生きてきた、という一面もあったかと思うのです。


。。。そう言っては語弊があるのですが、


「シンガー&ソングライターの鈴木祥子」って人は30年で完結した!って気がしました。


やり残したことも、後悔も全然ありません。


すごく誤解を招く言い方ですが、あれは過去になった、終わったって意味じゃなく、


自分という人間を知るための、音楽家としての自分を作るための30年が過ぎて、


平成の終わりとともに次の自分、次の音楽。。。が生まれてくるような予感、というか革新、


(あらっ、確信、って言おうとしたらこの字が出てきたのでこのままにしますネ!)


そういうワクワク感でいっぱいになってきたのです。


どんなふうなやり方、活動になるかはまだわかりませんが、プリンスみたいに(畏れ多い!)言うのなら


かつて「鈴木祥子」と呼ばれた女、がこれからどんなことをやるのか、どんな音楽をつくるのか。。。


ぜひぜひ御期待いただければ、、、と思います!あ~なんかワクワクする♪。


Img_3017


 


 


明後日はゴーインto Austria,以前ドイツに行ったときは英語があまり通じなくて


ジェスチャーとダンケシェ~ン!で乗り切ったが今回はどうか?!

2019年3月16日 (土)

えっ!!

Tom's Sandwich閉店なのっ?
去年の7月の30周年記念の、
代官山のヒルサイドプラザのライブで、
ケータリングのサンドイッチをたくさん作ってもらったのは
ついこの間なのに。。。
デビューした頃に連れて行ってもらって以来とても
好きだったお店で、尊敬する友部正人さんと奥様の由美さんと、
はじめていっしょに打ち合わせをさせていただいたのも
このお店のいちばん奥の、緑いっぱいの席だった。
ついこのあいだの夏に、いつもPAをお願いしている
東京音研の大野さんとも同じ席で打ち合わせしたばかり、
って、もう半年以上前なのか。
って言ってもまだ半年じゃないか。
昨年は京都の吉田屋料理店が、
いまTom's Sandwichが、
そのまえは自由が丘のButterfieldがなくなっていて
ショックだった。。。
京都は変わったナ。。。と昨年思った。
とにかく人が多い。以前の賑わいとはちがう、
一種異様な多さ。
私が住んでいた頃(2005年~2007年)は一番いい時だったヨ、
とkyOnさんに言われた。
吉田屋さんがあって、寺町通りにはホテル・フジタがあって、
四条通りは一年じゅう華やいでいたけれど、
夕暮れ時に南禅寺まで自転車を走らせれば
人影もすくなく、いつもしっとりとした情緒があった。
京都のあの感じ、肌に纏いつく、水をふくんでいるような独特の空気。
忘れがたい。
2005年に京都に行っていなかったら。。。
気持ちの安定、落ち着きっていうものを知らず
東京で忙しくしていたのかと思う。
住みたいと思った場所には思いきって住んだほうがいい、
あの時だって、東京離れたらもう仕事なくなるよ、とかさんざん脅かされたんだ。
この季節は岡崎あたりをよく歩いた。
夜の散歩をしないかね、ってRCの歌がなかったかなァ?。。。
と思いながら、
まるい月を眺めて春の夜の匂いを吸い込んで、
二条川端の、疎水の水の音を聞いていた。
自転車で夜な夜な走り廻った、Judee Sillを歌いながら。
そういうすべてが何て自由だったのか。
自由、いがいに欲しいものは無い、あの時も今も。
東京は変わってゆく。
京都も。
そこで暮らした街。わたしの大好きだった街。
Img_2604
Img_2642
いま住んでいる街、というか町は変わらないでいてくれるだろうか。
住みたい場所には思いきって住んだほうがいい、と書いて、
その通りだなァ、と思ってしまった。京都に行ったとき既に
東京の都心部にはもう戻らない予感がしたけれど当たっていた。
「これからどこに、行くのかな?」

2019年3月14日 (木)

私は私、という確信。

Yty4

うーん、私は私、という確信や自信を若いときに育てる、

しかもこの日本で、女に生まれて。。。若い頃のことをつらつらと
思い返してみるに、非常に非常にムズカシイことであるようにも
思えるのです。それは必ずしも私だけの特殊事情ではなく、
普遍的な。。。事実ではないかと。
私は私ですが。。。 なんか文句ある??
くらいに思ったのって恥ずかしいですが50にちかくなってからです。これが所謂
自信、というものであり
自分自身、ってものなのかと初めて思えたのがその年齢。
30でそう思えたか、40で思えたかって言ったら無理だった。
そう思います。
Yty1_2
3/9のライブで「Happiness?」って曲をやったんですけど
(写真上↑参照・
photo by えりさま、谷さまどうもありがとうございます!)
幸せ、っていうのは自分固有の幸せであって、
世間に強要されたものをそうだと思い込んでるのは
幸せじゃないですよネ?そういう疑問をもちつつも
そこから抜けられない、って歌。
幸せ、
って概念に縛られて寧ろ不幸になってる人の歌、だよなアと、 歌っていてあらためて思いました。
Yty2
どうしたら「私は私」、という確信をもっと若いうちから持って、
自意識過剰にならず、
自我肥大にも陥らず(←ここ何年かよく言われる承認欲求、にもおおいに関係あります)
すみやかに成長出来るかっていうと。。。
まず女の子には失敗してもいいんだってことを教える、
失敗しながら前に進むことを怖がらなくてもいい、 ってことを教える。
反対に男の子には、 自分で料理するとたのしいよ、 ってこととか、
家事の大切さとか意義とかを教える。
いままで男の子はやらなくていい、
女の子はしなくていいと言われていたことを寧ろどんどんやって、
その良さや大変さを学ぶ。
そうやってエクスチェンジしてゆけば、
お互いがお互いのエネルギーの質の違いを尊重できるようになり、
お互いの存在に感謝できるようになるのじゃないか。。。 そんなふうに思います。
Yty7_2
私は男の人から凄くいろんなことを 教えてもらったし学んだ、という自覚があります。
特に音楽の知識や技術というのはほぼすべて、男性が教えてくれたこと。
自分一人、っていうか女一人ではハッキリ云って何~んも解りませんでした。
卑下するんでも無く、だから女は駄目、とかいうことでも無く、
本当にそうなのです。
初めてピアノを教えてくれたのは素晴らしい女性の先生で、
その先生がソルフェージュやコールユーブンゲンを教えてくれたおかげで、
今も音程を正確に取れるしハーモニーを作ることも出来る。。。
男性にも女性にもたくさんのことを教わりました。
Yty5_2
昨今の、男性と女性が分断されつつある状況は悲しいなア。。。と思います。
どっちが優とか劣、なんてあるわけない、ちょっと考えたらわかる。
でも男も女も同じ、っていうのは
それもまた違うと思います。だって持っているエネルギーの質が違う。
時代の空気に惑わされずにいたい、
だって音楽はなにかを分断するためではなく、
異なったエネルギーをひとつに結びつけるため、
現実から逃避するためでは無く
いま、ここで生きるために在るものだから。。。
。。。と話が大変に長くなりましたが、3/9ほんとうに楽しかったです!
YTYの塩見さま、どうもありがとうございました。またぜひ
YTYでやらせてくださいませ(こんどは弾き語りも。。。)
平澤さま、真紀子さま、永山さま、えりさま、谷さま、
ほんとうに御世話をおかけいたしました。。。
心から、ありがとうございました。
Img_2575
何よりもいらしてくださったみなさま、本当に本当にありがとうございました!
YTYのステージは客席が真っ暗にみえて、
聴いてくださっている表情がよくわからずちょっぴり不安だったのですが、
ひととき解放されて自由な気分になっていただけたとしたら。。。大変、大変幸せです。
しばらくバンドスタイルのライブは
お休みいたしますが、
この素敵で無敵なメンバーで来年また御逢い出来たら、と おもいます。
(ニュー・アルバムのためのツアーで!)
つぎのライブは秋になります、と
お伝えしたのですが、初夏くらいにもチラッ、
とお逢いできるかナ~?
ぜひチラッ、と逢いにいらしてくださいませ(新曲もやるヨ♪!)。
そしてわたしは今月末に初・Wienに行って来るのです!
アイムゴーインToヴィエ~ナフォーザファーストタイム、
アマデさんがわたしを呼んでいる~!!
ホテルの部屋で歌ってtwitterにアップ出来たら良いナ、
さすがに野外は恥ずかしいので。。。
よかったらぜひ観て&聴いてやってくださいませね♪。
(ライブの前に真紀子と横須賀を観光いたしました、
本文と何ら関係。。。横須賀だからちょっとあるかナ?
女性だけでやっているカレー屋さん『ベンガル』
めちゃめちゃ美味しかったです!)
Img_2543 Img_2545

2019年3月12日 (火)

3/9(土)横須賀ヤンガーザンイエスタデイ『港のショーコ・クリハマ・ヨコスカ』

3/9(土)横須賀ヤンガーザンイエスタデイ『港のショーコ・クリハマ・ヨコスカ』に
いらしてくださって本当にありがとうございました!
twitterにも素敵なコメントをありがとうございます(いつも
とっても嬉しく読ませていただいております♪!)
素晴らしいミュージシャンの素晴らしい演奏に
ただ身をまかせていればいい。。。歌い手冥利、とはこのことだと思います。
本当に楽しくて最高の夜でした。
いっしょに演奏してくださったDr.kyOnさま、
矢部浩志さま、名村武さま、菅原弘明さま、
Kyonsanntosuzuki
本当にほんとうにありがとうございました。
7月の東京と京都、
11月の神戸と3月の横須賀、
30周年の節目のツアーを御一緒していただけたこと、
心から嬉しく誇りに思います。
Hiroakisannyabesanntosuzuki_4
(ばたばたして名村さんとツーショットを撮っていなかった(涙!)。。。
何か3/9は30周年年、ラストをしめくくる
リベンジ編?だったこともあって、
30年の年季も明けて。。。っていうのは
はんぶん洒落で言っていたんですけども、
本当に
年季が
明けた!!!(嬉)
って気分なのです、何なのでしょうこのかつてない解放感は。。。
たぶん、いろいろなこと、主に音楽のことですが、つまりデビューしてからやってきた形というかルールというか、
30年それをやって(途中休止もありつつ。。。)来れたことへの感謝と、
ともすればその「形」に縛られていたこともあった、という反省?と、
もうそういうものに縛られなくていい、
という解放感なのかナ、と思います。
ひとりで圧を感じ、自分に何かを押しつけたり
思い込んだりというのは本当に、ギャグみたいですがその時は
超・大真面目です。
デビューして2年くらい経った頃、
24~5くらいの生意気盛りというか、自分は音楽をこんなふうに考えてる!
私はミュージシャン、若いからってナメられたくない、
女の子っぽく見られたくない!
。。。とかそういう自意識がありました。
先日Cranberriesのドロレスのことを書きましたが、
彼女にもきっとそういう思いはあっただろうと思います。
先日横須賀で演奏した「光の駅」という曲が入っている
『Long long way home』
のジャケット撮影のとき、ぜったい女の子っぽく写りたくない、
ブリッ子みたいに思われたくないと思っていて、
自分としては「クール」で「大人っぽい」(←笑、)
表情を作った。。。つもりになっていました。
その写真がこちらです。
Syoko24
ポーっとした若い女の子、いがいの何者にも見えません(笑。。。)大人っぽいとか
ぶりっ子は嫌だとか、その過剰な自意識は何だったのでしょう。
自分は自分いがいの何者にもなれない。
よく言われることですが実感するには時間がすごくかかる、
場合がある。私は私、という自信と確信が無い、あっても
じゅうぶん育っていない。。。せいなんだと思います。
(長くなったのでつづきます!)

2019年3月 5日 (火)

Cranberriesのドロレスが

Cranberriesのヴォーカルのドロレスが亡くなっていたことを、
Prodigyのヴォーカルの人の訃報といっしょに知ってショックを受けています。
少し前にCranberriesの『Zombie』がある場所でかかっていて、
あ、Cranberriesだ懐かしい!と思うとともに、
いわゆるオルタナ・ムーヴメントが世界的に巻き起こっていたころのことを
思い出していました。時代でいうと1990年代中盤~後半くらいでしょうか。
ドロレスはそんなムーヴメント?の中でも異色の存在で、
なんといっても声が強力でした。久しぶりに街の喧騒のなかで聴いても
その声の衝撃度は薄れていなかった、どころか、
この人の声のなかにはそれについて歌っていなくても
フェミニズムの思想がある、
なんだろうこの感じは?と思ったのです。
『Zombie』はIRAに抗議した歌、アイルランドの紛争で犠牲になった子供たちに
捧げた歌だと聞いたので、フェミニズムについて歌われたものではありません。
しかしその声の強さ、何か世の中の大きな流れ、に決して屈しない抵抗感。。。
これは同時代のほかの女性ヴォーカリストには無いものでした。
そこに私はフェミニズム、を感じたのかもしれません。
それが最近のことだったので、昨年既に亡くなられていたことを
知って驚くとともに、あのZombieで聴かせた強烈なメッセージを
近年聴くことがなくなっていた、それはオルタナティヴ・ブームが
過去のものになったこと、あるいは彼女自身の生き方と関係があったのか?
そう深く考えさせられてしまうのです。
P・S
そうだ、彼女のルックスにもその思想は表れていたような
気がします。殆ど坊主頭、に近いくらいのショートヘア、
デニムにTシャツに皮ジャン(今でいう“ライダース・ジャケット”ですネ、
んまっ、お洒落な呼び方。皮ジャンでいいじゃん!)。。。という
出で立ちで、この人は所謂女らしさ、フェミニンさが嫌いなんだろうな、と、
20年前もそう思ってました。バンドの紅一点という立場はどうしても
セックス・アピールを求められるでしょうから、
あえて抵抗しているようにも見えました。
でもねえ、どっちでも良かったんじゃないかと思うのです、
どう思われたとしても構わないだけの強さがその声にはあったのに、と。

30年の年季も明けて、3月9日(土)鈴木祥子IN『港のショーコ・クリハマ・ヨコスカ』


Syoko2019a
鈴木祥子デビュー30周年ラスト、最強の男たちと共に

最高のセットリストでお送りするめくるめくロックンロール・レヴュー、

30年の年季も明けて、サンキュー(3/9!)の日のサタデーナイト、

港町ヨコスカにふらり、と降り立った女ドラマー・ショーコの

明日はどっちだ?!

『港のショーコ・クリハマ・ヨコスカ』

日時;2019年3月9日(土)

於;横須賀・ヤンガーザンイエスタデイhttp://www.yty-jp.com/

open;16:00

start;17:00

入場料 

¥8200(+1drink/1food)



Syoko2019b 横須賀ヤンガーザンイエスタデイ/リベンジ編、

御予約を受付いたしております!

1.御名前

2.御住所

3.参加人数(2名さままで)

をお書きになり、タイトルを

「3/9横須賀」として

eachbearsmusicservice72821@gmail.com

までお寄せくださいませ。追って詳細のメールをお送りいたします。

members;

鈴木祥子 Lead Vocals,Drums

Img_1653


菅原弘明 Guitars

Img_1654


名村武 Bass

Img_1655


矢部浩志 Drums




Img_1652


Dr.kyOn Keyboards,Guitars

 

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