2018年2月20日 (火)

独りシンポジウム&ライブのお知らせです。

平成30年・鈴木祥子デビュー30周年記念独りシンポジウム&ライブ第一回「アルバム『VIRIDlAN』を考える」

2018年4月21日(土)
於:横浜・試聴室その3

http://shicho.org/

(横浜市長者町9-159 第一田浦ビル2F)

開場16:30

開演17:30

ー2018年、デビューから30年を迎えた鈴木祥子。その原点ともいえる1988年のデビュー・アルバム「VIRIDIAN」をセルフ徹底検証します。

Photo 音楽はそれ自体独立して存在するものですが、その背景と時代性は決して切り離すことの出来ないものでもあります。「30年」はひとつの大きな区切り、既に時代的検証(おおげさ)が可能な年月。。。そう思い独りシンポジウム?!を考えてみました。

参加してくださっているミュージシャンと作品の意外な「ロック性」とソングライターとしての萌芽、川村真澄氏によるリリックの世界、当時のバブル経済と音楽の関係、今だから話せる?!エピソードなど、

アルバムを聴きつつ/全曲を演奏しつつ、「女性シンガー・ブーム」と言われた1987年~1988年、欧米の女性アーティスト達はどんな音楽を演っていたか?も振り返って実演しながら、2018年までの「30年」を考える一夜。


もう一度このアルバムを聴き返してあなたの「30年」、スズキ作品の「30年」について共に語り合ってみませんか?

 

出演

鈴木祥子
(Vocal,Drums,Piano)

参加料
¥4000(+1drink)

あなたの御意見大歓迎です!作品について・曲について・当時の想い出や出来事についてひと言言わせろ!という方は

eachbearsmusicservice72821@gmail.com

イーチベアーズミュージック・サーヴィス

まで、タイトルを

4/21

としてメールにてお寄せくださいませ。当日ご紹介させていただく場合が(大いに)ございます。


参加を希望される方は

試聴室その3予約フォームにてお知らせくださいませ。

http://shicho.org/2018/04/3event180421/

デビュー30周年記念独りシンポジウム&ライブはこの後、

Photo_2 ☆「アルバム『私小説』を考える」(1998年作品)

☆「アルバム『スウィート・セレニティ』を考える」(2008年作品)Photo_3

30周年、20周年、10周年を迎える作品とその時代を演奏し歌いながら考えてゆく予定です(順不同!)。どうか御期待くださいませ♪。

(☆当日はカバーを含め10曲~11曲の演奏を予定しております。(←。。。とは言ってますがオーバー必至(笑)!)

☆トークコーナー/ライブコーナーには別れておりません。お話と音楽(ライブ)が交差して流れてゆく、「ラジオ試聴室便~春の公開録音」のような雰囲気を想像していただけたら。。。と存じます。

どうぞ予め御了承のうえお申し込みくださいませ!)

京都拾得でのライブが決まりました!

『まだ30周年の女は~鈴木祥子ソロライブin京都拾得』

於:京都拾得

日時:2018年3月4日

開場:17:30

開演;18:30

¥5500(+1drink)

12/21午前0時から

Photo
京都拾得

jittoku@hotmail.co.jp

にて予約受付いたします。

2017109日に京都拾得で行われた『帰ってきたabsolutely alone in京都拾得』、

御好評につきはやばやとアンコール。201834日に決まりました。

 

おかえりー!という呼びかけがあんなにうれしかったことはありません。京都に住んでいた24か月は人生の中の不思議な貴重な時間、

いま私は東京(のはずれ)に居るけれど、故郷が無いようでちゃんとある、ほんとうの故郷よりも故郷。そんな気持ちでもういちど京都に「帰りたい」と思います。

来年はデビュー30周年の年、平成も30年ときくとあ~、昭和に生まれ平成と共に歩んだ私。。。と感慨深いものが(笑)あります。何せいつも

いつでも時代と合ってない、派手派手バブル期のデビューだったものですから暗い、地味、と言われつづけてハッ!と気づけば30年。。。私個人は「暗くて」「地味な」音楽を作ったつもりはなく、そのつもりがない、ってところがまさしく時代と合ってない。

 

ん~でも時代って何ですかね?今生きてるこのいまが「時代」なんだとすれば、皆まごうかたなき「時代」を生きてるわけで。。。むしろ時代に左右されない、いつ聴いても「いま」であるものを作りたいと思ってきたし今もそう思ってやまない私ではあるのです。

 

おお何かライブのお知らせが「語り」モードに。。。どうか34日京都拾得でお目にかかれることを。共に時間を過ごせることを。共に歌えることを心から、心から希ってやまないのであります!

Syokokanazawa2_2




 

2018年2月 6日 (火)

レモンハチミツパセリタイム。

買い物のメモに

「れもんはちみつぱせりたいむ」


と書いたら、あら、何だか可愛い、歌のタイトルみたい。サイモンとガーファンクルのあの歌、

ぱせりせーじろーずまりーあんどたいむ


に対抗?して、レモンハチミツパセリタイム、と、

れもんはちみつぱせりたいむ


とどっちがいい?ひらがなだと何か'70年代っぽくて良いネ、陸奥A子とか岩館真理子のオトメチック・ラブコメみたい。


よし、このタイトルで曲を作ろう!オトメチック・フォーク・トラッド、みたいな曲(ってどういう?!でもなんか良さげだ、オトメチック(笑)、ってどうかと思うけど心の問題だから!)

と思った日曜日、なのでした。れもんはちみつぱせりたいむ。。。(何だか魔法の呪文のようでもある。)

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30年前。サイモンとガーファンクルのベストを愛聴しておりました。

なかでもAmericaとBoxerが好きで仕方無く、Paul Simonが弾き語りで歌うその2曲を

生で聴けたのは今思えば宝物、よりによってアンコールのラストに

独りで登場し、その2曲を歌ってくれたのだった。かつて「孤独」について

歌われたすべての歌のなかで、もっとも美しい何曲かのなかの2曲。

2018年1月29日 (月)

デビュー30周年コンサートが決定いたしました!

鈴木祥子デビュー30周年記念コンサート

『1988→2018/30years,/...AND THEN?』

日時
2018年7月21日(土)

於:代官山・ヒルサイドプラザ

(東京都渋谷区猿楽町29-8
ヒルサイドテラスE棟)


開場
16:30

開演
17:30


出演

鈴木祥子
(Leadvocal,Piano,Drums)

菅原弘明
(Guitar,Vocal,Keyboards)

名村武
(Bass,vocal)

矢部浩志
(Drums,LapSteel)

Dr.kyOn
(Keyboards,Piano,Vocal)


私、1988年9月21日にデビューしまして今年、2018年でちょうど30周年、ということになります。


30年と言われてみればずいぶん長くやってきたなァと思うのですが「30周年か(遠い目)。。。」みたいな深い感慨というよりは、20周年のときいくらなんでも30年はハードル高いかも。。。

と思ってたけどあれからもう10年(遠い目)。。。という感慨がより深かったりします。


代官山ヒルサイドテラスのなかの、ヒルサイドプラザ。まさに1988年9月21日の、デビュー・ライブのその場所に帰ってまいりました。最高のバンドと最高のピアノで、

あなたをスズキの音楽の世界にお連れいたします。


30年前に書いた曲、20年前に書いた曲、10年前の曲そしてあたらしい曲。。。ミュージシャンとしては未だ勉強したいことばかり、「まだ30周年の女」なぞと言う気で居るスズキの『1988→2018/30years,/...ANDTHEN?』をどうか!目撃しにいらしてくださいませ。



参加ご希望の詳細は近日お知らせいたしますので、どうか今しばらくお待ちください!

スズキのあきる野通信。

先日の雪、だいじょうぶでしたでしょうか?

Photo_3


こちらでは30センチ積もって家から出られなくなりました!(←西南の窓からみたお隣の家。まだ降りはじめです。)

話盛ってるんじゃなくてまじまじ、ひざ上の長靴(ニーハイ・ブーツでは無い)
とか履かないと無理(涙)!というかんじのすごい積雪でした。

おかげで引越しして以来の段ボールがまだ3つ残っていたのを整理して片づけて、

ちゃんと収納したら何だか気持ちもスッキリ(笑)。南は頭脳の方角らしいので、南に

“お勉強スペース”が出来てばっちりなのです♪。Photo_9

尊敬していた人が「50代だしもう勉強はいいかな。。。」と言っているのを読んでちょとショック。私は50代こそ勉強だと思う。いままでに勉強したことを定着させるというか、ほんとうの血肉にするというか。。。

Photo_10


それを読んだからってワケではないのですけれど、勉強机?に座って毎日何かしら読んだり書いたりしているのでした。机のうえの本は森茉莉先生の『記憶の絵』。鴎外がバスの中で「お茉莉、ゆうべのフランセェはわかっているか?もう一度言ってごらん、ラ・リュウヌ・ア・パリュウ・・・(月が出た)」と娘におしえるところなんか、何だか可愛くて何度も読み返してしまう!

2018年1月19日 (金)

強く思うこと。

音楽日誌、というタイトルなので主に日常ではなく音楽のことを書いていて、

あまり時事のこと?は書かないようにしているのですが。。。

小室哲哉さんの音楽とその仕事は、手がけられたアーティストの歌唱とともに、

リズム・ビートというものの身体性を時代に刻んだ、という意味で非常に

重要なものだと思います。たとえば1990年代のグランジ・ブームというものが

ある世代に重要な影響を残したとすれば、それはカート・コバーンの「悲劇」ではなく、

その優れたソングライターとしての功績でもってまず語られるべきだと個人的に

強く思うのとまったく同じ意味で。

その時流行った、ブームになった、社会現象になった、ということは

「音楽」そのものにとっては深い意味をもたないと思います。永く残ってゆくものは

ただその「本質」だけだと思うのです。

夏にバンドでheading west♪な予感が。。。

すご~く久しぶりにバンドで西のほうにゆけそうな予感がしてまいりました。。。

30周年の東京でのコンサートと一緒にお知らせ出来るかと思いますので、

どうかいましばらくお待ちくださいませ!♪And We're heading west~,♪(←すっかりその気。)

2018年1月16日 (火)

言語以前の場所で。

笙野頼子『未闘病記ー膠原病、「混合性結合組織病」の』を読む。

Photo


私の名「祥子」は本当は「笙子」になる筈だったので(昭和40年の時点では当用漢字に無かったらしい)、何だか勝手な親近感?を感じてしまう。

笙野頼子の文章を読んでいると自分が「生きていること」がわかる、よ。生きる根本の何か動機のようなもの、理由とかそういうことではない、もっと原始的で言語以前のなにか、それを純化=purifyしてくれる。

文学というものが人間に及ぼす作用の中で、というか、してくれることの中で最も。。。 凄いことなんじゃなかろうか、それって?一人の人間が生きている/生きてゆく動機を純化すること。言語というものの力で、言語以前の場所で。

マゾビアに行きたいっ。

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30周年記念ライブのお知らせをもうすぐ出来そうな予感。。。今少しお待ちくださいませね!(以下近況であります。)

『英雄ポロネーズ』を弾いててなんか楽しくて仕方無く、ミスタッチしてもガハハと笑ってよし、次行こう!みたいになってきた。以前はミスタッチを恐れて戦々恐々としながら弾いていたもんだったが。。。


デビュー30周年も感慨があるけれど、『英雄』を普通に弾いてる自分、が本当~に感慨深い(なんで14の時はザセツしてしまったんだろう?まぁ地道なクラシックの練習よりロックやポップに夢中になってしまったんだな要するに。。)。しかもポロネーズのリズムというものは。。。だの、


ポーランド=母国の誇りそのものの古い舞曲のリズムにショパン様が込めた想いとは、だの、


いや~フランスのピアニストの『英雄』はみんな綺麗だけどナンカもの足らない、綺麗に粋に弾きすぎててつまんない、それに日本の人はまるでベエトオヴェン(←表記は森茉莉先生の真似)の曲かのように勇猛果敢な『英雄』、にしてしまっている場合が多くてそれもちょっと違う気がする、



フランスとポーランド、父の国と母の国に引き裂かれたショパン様の、母なる大地への想いと2度とそこに戻ることが出来ないという矛盾、その激しい揺らぎはスラヴ系、あるいはヨーロッパ圏ではないラテン系のピアニストじゃないと表現出来ないのかもしれない、やっぱアルゲリッチの『英雄』やポーランドのウィトールド・マルクジンスキーの『英雄』が何といっても上手いと思う、


皆ラン・ランの悪口言うけどあの人の『英雄』はその「揺れ」を表現し得ていると思う、アジア系でありながらヨーロッパで生まれた音楽を演奏するという矛盾が、政情不安定なポーランドを追われてフランスに亡命したショパン様の精神の「揺れ」と響きあうのかもしれない、


とすると、民族と民族の血に、大地と大地に、国と国とに引き裂かれた経験の無い日本人がポロネーズやマズルカを「真に表現する」のは不可能、とは言えないまでも非常に、非常。。に難しいのではなかろうか?



優美なワルツやノクターン、パリの「サロン受け」を狙って書いた作品を皆んな(私も)好むけど、そのせいかショパン様、と言えばあま~く少女趣味、みたいなイメージさえあるけど、あれは所謂フランス語を喋る「表ショパン様」であって、


祖国のポーランド語を話すショパン様の真骨頂、であるところのポロネーズやマズルカ、民族に根差したリズムの、あの熱情と憂鬱の激しい揺れを、日本人は、私はどんなふうに表現すればいいのか?。。。


だのと、専門家が聞いたら吹き出しかねないようなゴタクを並べているのだから我ながらびっくりする。しかし幾分かは当たっていなくもないような気がするのである、そして私はポーランドのマゾビア地方(ショパン様の故郷、ワルシャワ中東部)に行きたくて、その空気を風土を感じたくて仕方が無いのである。

2018年1月 9日 (火)

「俵星玄蕃」とセダカの「ポップ」。

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「おお、蕎麦屋かーッ!!」

お正月にテレビで三波春夫先生(面識あるワケ無いのにど~しても《先生》と呼びたくなってしまう人がいる、小林秀雄とか森茉莉とか堀文子とか)の『元禄名槍譜・俵星玄蕃』を初めてフルコーラス聴いて凄過ぎて圧倒された。あの身体がカーッ、となってドキドキしてくる感じ。。。まるでロックンロールじゃないか!と思った。


要は「声」と「リズム」なのだ、この興奮の震源地は。。。浪曲師から出発して「浪曲」と「歌謡」を結び付けてしまった、ということで言えば廣澤寅造よりある意味凄い。伝統文化とあらたな文化を接続させた、声とリズムという原始的/構造的な力で。


浪曲のなかでも歌謡の世界でも「迎合、異端」と言われることを恐れない、ところがまさにロックンロールだと私は思う。三波春夫先生のことを考えているとニール・セダカが浮かんで来て仕方無い。

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非常に知的なソングライターにして、あの押し出しの強い華やかなヴォーカル。ジャズのコード進行をベースに'60年代のポップスにとって決定的な「アルドン転調」のスタイルを作り上げた豊かな学術性は「オールディーズ」の「歌手」、という名に隠れてともすれば見えなくなりそうだ。

そうそう、フィル・スペクターの評伝にも「ニール・セダカの健全で退屈な青春ポップス」みたいな描写があってがっかりしてしまう。アルドン・ミュージック時代の曲はどれもメロディックでリズミック、そして夢見るようにスウィート。後追い世代の私にとっては退屈どころか「ポップ」ってこういうことか!!と目を見張らされるような発見のある曲ばかりだ(この評伝じたいはすごく興味深い本であるが)。


ニール・セダカのどうにもこうにも華のあり過ぎる声と歌唱力は三波春夫先生のそれとダブる。世間に広く流布された「流行歌手」という仮面の向こうの、きわめて上質な知性と音楽性も。

«あけましておめでとうございます!!

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